Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

町田康『ギケイキ② 奈落への飛翔』

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 兄は、「僕の使者を殺すなんて信じられない」と息巻いて周囲の人たちは、「ですよねー」と同調したが、兄の居ないところでは、「ああなったら、普通、殺すよな」「殺す殺す」と言い合っていた。

 このことで私ははっきり兄と敵対することになった。

(p.221)

 

「兄」とは、源頼朝のことであり、「私」とは源義経のことである。

この小説は、私=源義経が語る、源義経の物語なのだけれど、この語り手の義経が語っている場所というのが、少なくとも2010年代以降の今、っぽいというのが面白い。

亡霊的なやつなのかなんなのかはわからないけど、義経は、今、この世にいて、それで私たちに向かって語りかけている。

 

それでこの義経は非常に律儀な人で、現代では分かり難い当時の価値観や風習みたいなものを、今の人に分かるように、例え話等を持ちだしながら懇切丁寧に説明してくれる。ほとんど完全に分かるまで、律儀に説明してくれる。

 

この例え話がめちゃくちゃ面白くて、そしてそういう説明部分以外の語りも普通に面白いというのもあって、読んでいてとても楽しい。2ページに1回くらいの割合で思わず笑いが漏れてしまうし、10ページに1回くらいで大笑い、って感じ。

 

つまり本書を読んでいる間は基本的に私は笑っているわけなんだけど、時々、史実が頭をよぎる。そして、義経も弁慶も最後は…とちょっぴり暗鬱な気持ちになる。

 すると、それまで面白く読んでいた義経のいわば「必死な説明」も、「私のことを分かってほしい」という切実さの裏返しのように思えてくる。悲しい。

 

でもまだ笑える。2巻の今はまだ笑えるのだ。

全4巻の予定らしいけど、これから先、どうなるのだろか。

 

ところで前作『ギケイキ 千年の流転』の中で、私が凄まじく感動した部分に、弁慶が太刀を千本集めようと考える長口上があった。これ、本当に面白くて、私的にここのくだりは間違いなく町田康さんのワンノブザベストに数えられると思っている。

 

そしたら本作『ギケイキ② 奈落への飛翔』にも、似たように弁慶が長くしゃべる超面白い箇所があった。あの、弁慶が黒雲に向かって矢を射るシーンです。まじすごい。

 

そしてこの、饒舌な弁慶っていうのが、今後、描かれるであろう勧進帳のくだりに繋がって行くのだろうと私は予想していて、おそらくその場面はかなりやばいことになるんだろうなとワクワクしつつ、果たしてその時、私は笑っているのだろうかともけっこうシリアスに思う。もしかしたらだけど号泣しているかもしれない。