島田雅彦『スノードロップ』
「ハンドルネームは何にしようかしら」と相談すると、ジャスミンは「お好きな花の名前はいかがですか」というので、「スノードロップ」にすることにしました。下向きに咲く白い花は悲嘆の涙を連想させ、まさに私の心境そのもののような花です。花言葉は「希望」、「慰め」。
(p.22-23)
この小説の語り手である「私」とは、皇后である。
皇后が、ハッキング技術に長けている侍女(ジャスミン)の助けを借りながら、「スノードロップ」という名前を用いてネット上に色々と書きこみをしていく。
序盤で物理学の先生がパラレルワールドについて説明する場面がある。
「私」はネット上の「スノードロップ」にパラレルワールドの自分を重ねる。
私たち読者がこの『スノードロップ』という小説に、パラレルな「日本」の姿を重ねるように。
理想主義者に向かって、「現実を受け容れよ」としたり顔でいう人は、見えないところで舌を出しているものです。(p.83)
と「私」は語り、「私」の夫に当たる方は、
私は「現実を忘れた理想論」を唱える気はないが、「理想を忘れた現実論」などただの
現状追認でしかないとも思う。(p.167)
と、「詔勅」に記す。
もはや無邪気に理想とか希望とかを持ったり語ったりできないような社会に私たちは生きているような気がするけど、スノードロップの花言葉にあるように、そんな私たちを慰め、希望を持たせてくれるような小説だと思いました。
ちなみにこのご夫婦には舞子という名の娘がいる。
彼女も母のように、ハンドルネームを使ってネット上に書き込みをしている。
そのハンドルネームというのが、「ブルーローズ」というもので、気になったのでブルーローズの花言葉を調べてみた。
すると、ちょっと前まで花言葉は「不可能」だったらしいのだけど、最近になって「夢がかなう」とか「奇跡」というものに変わったらしい。
ご夫婦の娘に対する思いが述べられてこの小説は終わる。
ブルーローズの花言葉が示しているように、その思いは実現するような気がするし、実現してほしい。
領土の形は変わらなくても、はっきりとした違いはまだ見えなくても、心の中にはすでにあった架空の世界、想像の国が不意に出現するでしょう。「そうなって欲しい」が「そうなった」ことは歴史上、いくつも前例があります。(p.83)