Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

沖田瑞穂『世界の神話 躍動する女神たち』

 機織りは女神の管轄で、運命を織りなすという意味が隠されています。日本神話では最高女神アマテラスが自ら神の衣を織るとされています。インドの神話では、地下の世界でダートリとヴィダートリという女神たちが、機織りをすることで時間と季節を織りなしています。(p.165)

 

 今となってはくたびれたおじさんになり果てた私だが、それでも子供の頃は、とんぼを追いかけてはしゃぎまわる、みたいな素朴な日々を送っていたものだ。しかしそんな無邪気でラブリーな私の心に、暗い影を落としている物語があった。「三枚のお札」である。嫌な話だ。

 

まんが日本昔ばなし』で観たのか『おはなしのくに』で観たのか本で読んだのかは覚えていないが、小学三年生の頃にはすでにその物語を知っていて、ことあるごとに脳裏に浮かんでは、かわいそうに、私は怯えていた。

 

「三枚のお札」の作者は、どうしてこんな禍々しい物語を生み出さなければなかったのだろうと大人になってから時折、考えたりもしていた。もちろん答えは出ない。しかし本書『世界の神話 躍動する女神たち』を読んでいたら、「三枚のお札」的な昔話は世界各国にあるということが書かれていて驚いた。ぞくぞくした。

 

 そして、物を後ろに投げつつ、やばい存在から逃げることを「呪的逃走モチーフ」と呼ぶことを知り、呪的逃走モチーフ、なんて素敵な言葉なんだとときめきを覚えたりもした。

 

 イザナキ・イザナミの神話も、呪的逃走モチーフのお話だという。知らなかった。イザナキ、櫛とか髪飾りとか投げてイザナミ軍団から逃げていたらしい。

 

 で、気になってしょうがないのは、なぜ世界中に似たような「呪的逃走モチーフ」の物語が存在しているのか、ということである。太古の人類が、地球上の色んな場所に広がっていったのは、「開拓精神」ではなくて、「逃走の果て」だったのではないかと考えたりもした。シルクロードの端っこに位置する日本は、呪的逃走の終着点だったのかもしれない。

 

 本書ではヤマンバ=山の女神説が紹介されてもいる。ヤマンバには女神的な要素が備わっているという。機織りとか。ここでも私は驚いた。なぜかというと、私の息子が愛読している、水木しげる『妖怪ビジュアル大図鑑』で紹介されていた妖怪のことを思い出したからだ。「苧(お)うに」という、ヤマンバのようなルックスをしたその妖怪は、糸をつむいでいる女性たちのもとにやってきて、「自分にも手伝わせてくれ」と言い、おそるべき手際の良さで大量の糸をつむいで去っていったという。人を食べたりすることもなく。これもヤマンバ=機織り関連の話と言えるだろう。苧うにも女神なのかもしれないなと思った。

 

 ヤマンバの話だけではなく、他にもたくさんの「女神」エピソードが紹介されている。そして、各国の神話との類似性も。

 

 花咲じじいなんて、スポンジ・ボブに出てきそうな「どうかしてる」物語だけれど、同じような話がある範囲の国に伝わっているという。ということはどういうことか。気になりますよね。このように本書は、めくるめく神話の世界へと読者をいざなってくれます。読んでみたい神話がたくさん出てくる。『ギルガメシュ叙事詩』、気になるなー面白そうだなー。これは読むしかないだろう。

 花咲じじいについては、この本の著者の沖田さんが書いた『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』に詳しく書かれているらしい。これもすごい面白そうです。

写真だとわかりにくいけど、帯がきらきらしてる。