Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

町田康『入門 山頭火』

 今から100年前の1926年、「分け入つても分け入つても青い山」という俳句が当時43歳の種田山頭火によって詠まれている。現在43歳の私はこの俳句を義務教育で習って知って、かつ、ずっと、頭の中に残っていた。

 どうしてずっとこの句を記憶していたかというと、変わっているから。だって、俳句なのに五七五になってないし。名前も変だし。名前に関しては、私は『入門 山頭火』を読むまで、種田が名字で、山頭火が名前、ということさえ知らなかった。たねださんとうか、変わった名前だなあ、と思っていた。

 そんな山頭火の俳句(もちろん「分け入つても分け入つても青い山」も含む)を、町田康さんが読んでいくのが本書である。

 私の拙い読書経験による偏見であることは承知しているが、こういう、「読み解き系の本」っていうのは大抵、著者がちょっと鼻息荒くて、それで自説について前のめり気味に一直線で語るもの、という印象があり、それで全然良いんだけど、あまりにも目がバッキバキすぎると、「ちょっとこの人だいじょぶか」と読み進めるのが不安になる。

 しかしこの『入門 山頭火』に関してはそのような不安とは無縁で、てくてくと自然な感じで、読み進めることができる。自然に、そして楽しく。まるで小説「夫婦茶碗」や「人間の屑」を読んでいる時のような感じだった(実際、「夫婦」「尾崎放哉」「俳句」「商売」「猫」という言葉を通して「夫婦茶碗」「人間の屑」と山頭火の存在は響き合っている気がする)。

 

 種田山頭火の俳句を読んでいくにあたって、『入門 山頭火』では、スーパーマーケット方式を採用している。

 

 山頭火の一生がスーパーマーケットであったとすると、最初はあまり棚を細かく見ないで、まずはぐるっと一周回り(p.13)

 

 それから、何周も回ることで「理解を詳細なものにしていこうと、こういう魂胆である。(p.13)」というスタイルの読み解き方である。

 これが実はとてつもない戦略であると私は思う。

 なぜなら、「なんかよくわからないけど、なんかいい。ずっと心に残っている」みたいな山頭火の俳句は、たぶん、その短い一句によって、言葉では言い表せない何かを言い表しているのであり、それを、その一句の良さ、その凄さを言葉で表現しようとするのは、追いかけると逃げてく虹に追いつこうとするみたいなもの、あるいは、気配は感じるけれど写真に写らない幽霊を皆に認識してもらうみたいなもので、一筋縄ではいかないというか、不可能なことだと思う。しかし、何回も周回をし、理解を詳細なものにするということは、それは、その周回の輪郭が次第に明瞭になってくるということで、それによって、中心部分にある「言葉では捕まえにくい何か」の形が影絵のように浮かび上がってくる、のではあるまいか。それを読者に示す。読者は何かしらの存在の像を感じる。見えてくる。一直線ではなく、くるくる周るスーパーマーケット方式だからこそ実現できるやり方だと私は思う。

 

 まずはざっくりと店内を一周。とはいえ、そのまなざしは、鋭い。鋭すぎる。最初に登場する、「分け入つても分け入つても青い山」について、

 

 こういうことは、どうなのだろうか、実際に山の中に入っていってそれで思いつくのだろうか。それとも、頭の中で山の中に入っていく、その状況を想像して字に書くのだろうか。または、ちょっとか、かなりか、はわからないがいずれにしても、それを書いている今現在よりも、前に入っていったことを思い出して書いているのか。

 或いはもっと言うと最初、文字の形で詩人の身体からこの世に出てくるのだろうか。それともまず口でブツブツ唱えてみるのだろうか。

 またはそんな順序のようなものはなく、それらが同時に、瞬間的に起こるからこんなことになるのか。(p.7-8)

 

 と、このように町田康さんは書いていて、私は「このまなざしで読み解いていくのか」と血が騒いだ。

 なぜなら、この読み方というのは、同時に、町田康さん自身のなかで言葉がどのように生まれるのか、その一端がうかがい知れるような読み方、な気がしたからである。

 それは例えば、「炎天の街のまんなか鉛煮ゆ」という句、これだけ見ると、呪術的で不気味な感じがするが(私の場合)、これを、町田康さんは、言葉のひとつびとつを丁寧に分析していく。分析というか、言葉の持つイメージをほどいていく感じ。山頭火はなぜ、この言葉を使ったのか、この言葉はどこからやってきたのか、と。そうして。

 

 しかるに、まんなか、はどうかというと、街の、と言った段階でなにも風のようにふっと吹いてきた言葉、すなわち、街の、という草を引っ張ったところ、それと同時に、ずるっと、抜けてきた根っこのような言葉である。(p.64)

 

「根拠のない推測だけれども(p.64)」と断りが入ってはいるものの、私は、この「まんなか」という言葉が生まれる瞬間の予想に完全に夢中になり、そして、スーパーマーケットの店内を周回する時の軌道が、一本線ではなく、二本の線が、二重螺旋のようにぐるぐると渦巻いていることに気がついた。二本の線とはもちろん、種田山頭火と町田康さんである。

 

 澄んだ俳句は、澄んだ暮らしから。というようなことを種田山頭火は考えていた。

 そんなの無理だよー、だって自分も社会も煩悩に汚染されきっている、そんな中でAIとか駆使してうまく折り合い付けて立ち振る舞うのが大事なんだよー、これが大人の処世術なのさ。と訳知り顔で言ってくるようなクソ野郎に山頭火はなれなかった。

 汚れた言葉を濁った瞳で磨き上げて見た目だけはピカピカしている俳句を作り上げるのではなく、自分の中から直に澄んだ俳句を生み出したかった。欲にまみれたくなかった。だから出家もしてみた。でも駄目だった。尊い坊さん、と自分を慕ってくる人たちの前で、尊い坊さんを演じることができなかった。嘘くさいのが嫌だった。自然に、自然のように、ただ、ありたかった。

 

 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

 

 この句について、町田康さんは次のように語る。

 

 旅姿であれば荷物は前後に振り分けにする。前、というのは、未来のこと、後、というのは過去のこと。

 過去の因縁も暗澹たる将来も、自分にとっては重い荷物であるが、だがこれを捨てられないのである。空間の中にただ一点としてある山頭火はそのように過去と未来の時間に追い詰められ、だからといって一箇所に立っていられず、蹌踉と山中を歩くより他なかった。(p.232)

 

 やや話は飛躍するけども私はこの解説を読んで、萩原朔太郎の「漂泊者の歌」の理解が少し深まった気がしている。

 あの詩の冒頭、断崖の上に登る日は未来、陸橋の下の憂いは過去、空の彼方は未来、柵の背後は過去、という風に考えると、時間がぐわんぐわんしてる中で「一つの寂しき影」がどこにいるかわかるし、詩の最後の方に出てくる「悲しき落日の坂を登りて」も、未来が過去になり過去が未来になるような、そういう時空からはじかれたような場所に「漂泊者」は立っているのだなと思われる。

 それで話を戻すと、山頭火は、この詩に出てくる漂泊者のようになりたかったのではないか。でも、なれなかった。

 それはやはり彼はなんだかんだ言ってもいろんなものを愛していたし、また、多くの友人たちから、彼は愛されていたからだと思う。寂寥の人ではあったと思う。悲しみも苦しみもずっと抱えていたと思う。でも、友人たちその他大勢からから愛されて、甘やかされて、嬉しくて浮かれて、酒飲んで暴れて留置所にぶち込まれて、自分の振る舞いに絶望して、でもまた誘われると嬉しくて……。

 その生き方に、私は元気と勇気をもらった。人間の本当のところって、そういうものだと思えるから。そして、彼の根っこのところには、暗さではなくて、明るさがあるのだなあとこの本を読んで思ったから。どうしようもない明るさが。その明るさの源はどこにあるのかというと、愛だと思いますね。

 名曲「六尺八寸様」の歌い出し部分が生まれた瞬間のことが、本書には書かれています。心に愛をこめてゴー。

 

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 この本の中でとにかく大好きな文章が、p.163のカーラジオのくだりの一文。私は『ギケイキ 千年の流転』に出てくる、弁慶が槍を千本集めようと思うくだりの文章がとにかく大好きでなんですが、この『入門 山頭火』のカーラジオの一文も、それと同じくらい最高だと思うので、みなさんぜひ読んでみてくださいね。

町田康『猫のエルは』絵:ヒグチユウコ

 猫の集会に出くわしたことがあって、二十年くらい前、夜分にイオン、じゃなくて当時の呼称はJUSCO、で用を済ませて帰ろうとした時に、車を駐車場のどこに停めたか分からなくなって、第二駐車場、第三駐車場と駐車場を渡り歩いて自分の車を探しているうちに、こじんまりした駐車スペースに入り込んで、そこで、十数匹くらいの猫が円陣を組んで外灯に照らされていた。不思議な光景だった。何を話し合っていたのか。

 

 この本には五つの短編がキュートな挿絵と共に収録されていて、一つ目の「諧和会議」は、とある理由(人類文明の成果と蹉跌)によって動物たちが普通に話すようになった世界を描いている。人類は絶滅してるみたい。で、そんななか、動物たちは、定期的に会議=諧和会議を開いている。

 動物たちの会議だからといって侮ってはならない。この会議は非常に生真面目に穏やかに行われている。議長もいる、蛙。

 しかし、「猫君の暴虐に関しての対策案について」という議案が俎上に載った時、会議は白熱する。皆、猫からひどい目に遭わされてきたのだという。それで色々と話し合った末、「というかそもそも猫って言葉しゃべれるの? 話してるの見たことある?」という結論にいたる。もしかして意味もわかってないのでは?

 じゃあまずはそれを確認してみましょう、ってことで猿だったり豆柴だったりドーベルマンだったりが猫の元を訪れるのだが。

 言葉を手に入れた動物たちは、自分たちが扱う言葉によってすべてうまいこと取り計らうことができる、と思っている、と猫は思っている。幸福で不幸で傲慢な奴らだ、と思っている。猫の言葉は高次に存在していることを私は知る。そこから、低次の我々を見下ろしているということも。猫は語ろうとするが、しかし、言ったとしても誰にもわからないとも思う。

 

 なぜなら高い言葉は誰にも聞こえないし理解できないから。(p.48)

 

 だから、

 

 言わぬが花でしょう。(p.48)

 

 言わないほうが良い。じゃあこの小説はここで「完」となるかというとそうではなくて、ここから先、奇跡みたいな展開になる。何が奇跡かというと。

「言わぬが花でしょう」といったら町田康さんの詩集『土間の四十八滝』に同名の詩が収められているけれども、本作(「諧和会議」)の中で猫が口にした(思った)その台詞は、呪文のようである。

 この呪文によって、詩の世界へのドアーが開き、「誰にも聞こえずに理解できない高次の言葉」が、低次の言葉に生きる我々の前に、顕現するのである。マンドリン等を用いて猿たちが演奏する音楽が遠くに響く中で、舞う、言わぬが花。天国のしっぽが垣間見えるような奇跡的な瞬間。

 

 二つ目の話が、「猫とねずみのともぐらし」。これはかつて寺門孝之さんと絵本として発表されていたものである。

 文章は同じだけれども、ヒグチユウコさんの挿絵に変わることで、全体の雰囲気が、ラブリーでほわほわしていると思う。寺門バージョンも、ラブリーなんだけど、少し、凄みがあり、もちろんその凄みが大好きなわけなんですが、二つを読み比べて見ることをお勧めします。

 読み比べ、といえば、今回、久しぶりに「猫とねずみのともぐらし」を読み返して、「あれ、変わってる?」と思った箇所がある。王女が屁をしないのである。どういうことかというと、この作品の中には、超絶美女の王女が登場して颯爽と退場していくのだが、私の読んだ絵本版の記憶では、彼女はその去り際に、屁をぶっ放していたはずだった。

 しかし、小説版では王女は屁をしていない。私は気になって絵本版を読み返してみて、愕然としました。絵本版でも王女は屁をしていなかったのです。俺はもしかしてパラレルワールドに迷い込んでしまったのではないか、と私は焦りましたが、冷静になって考えてみると。

 絵本版は、私の子供が小さい時に、よく読み聞かせていたもので、その頃は、空前のおならブームが起きていた。色んな絵本を読んで聞かせる時、隙を見てはとにかく色んな登場人物たちに、おならをさせていた。そうすると、子供に受けるからである。我が家のぐりとぐらは、ひとつパンケーキを完成させるために、いったい、いくつのおならを炸裂させたことだろう。だからおそらく、王女の屁も、私が捏造したものの可能性が高い。というか、100パー捏造である。自分で改竄したものを、自分で本物だと思ってしまう愚かさ。気をつけないとやばいな、と思った。

 

 三つ目は「ココア」というお話。町田版「猫町」と言えそうな気もするけどやっぱり言えない。「猫町」と決定的に違うのは、主人公も猫になっていることで、しかし、猫になったといっても猫(人間)で、そのことによって、何度も生死の境目をさまよってついに境目を越えちゃう、と思われたのだけれども、そこから、衝撃的で感動的で切ない展開が訪れる。そして最後、我々は背負わされる。何を? 読んでみてください。

 

 四つ目は、「猫のエルは」という詩。タイトルチューンである。この、静謐な祈りのような詩の中で起きた奇跡。「諧和会議」のラストも詩っぽいと私は思う。研ぎ澄まされた詩の言葉って、小説がいくら言葉を重ねても容易には辿り着けないような深みに、読者をぐいっと連れて行ってくれる気がする。粉薬じゃなくて、錠剤みたいな、奥まったところで効いてくる、その効果は絶大、みたいな感じで、この「猫のエルは」も、もうすごい、じんわりと、効いてくる。時が経てば経つほど、効いてくる祈り。

 

 最後の五つ目が「とりあえずこのままいこう」というお話。かつて十四年ほど犬と暮らしていたことがある身としては、序盤の語りは、冷静ではいられないというか、うるる、となって引き込まれた。犬が生まれ変わって猫になる話なんですけれど、それで、元犬の猫は、偶然、犬時代の飼い主とめぐり合って、自分が元犬であることをアピールするも、言葉も喋れないし、全然、伝わらない。それでも健気に、本当に健気に、なんとかして自分が元犬であることを伝えようとする日々の中で、徐々に、元犬である猫のなかで変化が起きてきて……。

 

 思うに、本書に収められた五つの短編は、どれも、境界を超える話であると言えなくもないと思う。

 動物が言葉を話して猫はさらに高次の言葉を持ちその高次元へ読者をいざなう「諧和会議」、猫とねずみが入れ替わる「猫とねずみのともぐらし」、人間が猫になり猫社会に迷いこみ死んだはずの元飼い猫に助けられる「ココア」、死の淵から生還を遂げる「猫のエルは」、元犬が猫に生まれ変わって飼い主の元へ戻ってくる「とりあえずこのままいこう」。

 そして、ここで描かれているのは、境界とは絶対的な壁として存在しているのではない、あちら側とこちら側に境目などない、という世界だと私は思った。そう思いたいと思った。なぜなら、そう思うことで、救われる気持ちが私のなかにある、ということに気がついたからである。とても、優しい本だと思う。それも、ただの優しさではなくて、悲しみに裏打ちされた優しさ。それがこの本には溢れている。そう思った。

 この部分(背表紙の内側部分と紐)が緑色なの、最高に素敵。

町田康『東山道エンジェル紀行』絵:寺門孝之

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 辞書で調べると、旅、も、旅行、も同じ意味だけれども、ふたつには微妙な差異があると私は思う。

 旅行っていうのは、予算、目的地、各所の出発&到着時刻、泊まる宿、お土産を買う場所、等を、ある程度あらかじめ定めておいて、わくわくしながら、ピクニック気分で家を出て、やや疲れ気味で帰ってくるもので、対して旅はというと、もう何も決まっていなくて、ただ自主的に、そこはかとない寂寥感を漂わせながら身ひとつであてどなくさまよい歩くもの、野宿しつつ。というイメージが私の中ではある。

 だから『東山道エンジェル紀行』の主人公は、手荷物もないし、野宿しているし、あてどなく歩き続けている感も強いので、やっていることはまさに旅。それではじゃあ主人公は旅人なのかというと、そうではない。彼は旅人ではなくて、「追放者」なのだという。追い放たれたる者。

 肝心なのは、追われる者ではない、ということで、つまり彼は、逃亡しているわけではない。追放、なのだ。

 ただ、追放者というと、所属するコミュニティから「お前、あっち行け」と追い出された人みたいな感じがあるが、本作における追放とは、そんなライトなおもむきの追放ではなくて、もっと、烙印的で不可逆的なものである。どういうことかというと、つまり、追放者は、どこかから追い出されて別の場所に移ってそれで追放はおしまい、というわけではなくて、永遠に追放され続けなければならないのである。

 

 生涯続く、目的地のない不毛な旅。(p.24)

 

 旅人のようであるけれども、追放者は旅人とはまったく違う。旅人って、基本、自由じゃないですか。旅を続けるのも、家に帰るのも、その人の自由。そんな自由、追放者にはない。

 追放者は常に上空から軽発という、ヘリコ・プターあるいはドローンのような存在によって監視されている。そいつらは何を監視しているのか。それはもちろん追放者が「きちんと追放され続けているのか」を監視しているのである。追放者は歩き続けなければならない。はかない希望を抱いて丘を越えて、かなしい気持ちで丘を降りて、それでもまたちょっと期待して丘を登って、ぐったりしながらくだっていく、というのを永遠に続けなければならない。疲れるし、むなしいことだと思う。

 しかし追放者は立ち止まることを許されない。なぜか。案内侍がやってくるからである。

 

(前略)一箇所に長くとどまっていれば例のうざい案内侍が近寄ってきて、「どうしたのですか? 道が分からなくなったのですか? 立ちなさい。一緒に行ってあげましょう」などと口ばかりの押しつけがましい親切で歩きつづけることを強制する。(p.24)

 

 案内侍、なんて慇懃なクソ野郎なことでしょう。かくして主人公は追放者として移動を続ける。それはある意味、逃亡者よりも苦しい旅だと思う。だって逃亡者には「見つからないように逃げる」という移動のための大きな目的があるから。しかし追放者にはそういう拠り所となるような目的がない。なぜなら、移動し続けることだけが目的なのだから。

 

 追放者は行く先々で酷い扱いを受ける。この虫ケラ同然の扱い、「あれ、俺もけっこうこんな感じなんだけど」と私は思いました。

 例えば、たまに立ち寄るコンビニで、なぜか店員が私にだけ「いらっしゃいませー」と言ってくれなかったり。レジ前に立ち「すいませーん」と会計をお願いしているのに無視して店外にゴミ出しに行ったり。その度に心がしくしくと痛んでは「もう来ねえ」と誓うのだけれども立地的に便利なのでつい寄ってしまうのだけれども。それで案の定、同じ思いをするのだけれども。追放者がですね、作中でまさにこのような扱いを受けていて、その生々しい描写に私は「俺も追放者だったんだー」と絶望しつつ共感した。少し嬉しかった。

 

 そんな悲しき追放者だが、しかし同時に、情けをかけてくれる人も現れる。その人たちの助けを借りつつ、謎めいて不思議すぎる女性らとめぐり逢いつつ、ページの紙の色が淡いピンクからグレーに変わって、主人公は、ある場所に行き着く。そして思う。

 

 床に座ってそれらを眺めるうちに勃然と悟った。

 俺はもう追憶して、追憶だけして生きるしかないのだということを。

 俺は場所から追放されたのではなく現在から追放されたのだということを。(p.82)

 

 現在から追放された存在。

 よって、「俺に現在も未来もない(p.82)」。

 それはつまり、時間が流れていない、ということでもあると思う。たぶん、主人公のいるこの空間の時間は止まっている。「どっちが川上でどっちが川下なのか(p93)」が明示されていないのは、それはつまりこの川が「行く川」ではない、時が止まっている、ということの表れである気がする。

 

「かんねん舟」に乗らなかった主人公はこの空間で、行き止まり、と強制的に向き合わなければならなくなる。

 追放され続けることは、それは虚無的な運動ではあったが、しかし、「理不尽だなあ。つらいなあ。むなしいなあ」ということ以外は考えなくて良かったとも言える、と私は思う。それはある意味では倖いである。ラッキーである。「すべてと、すべてと、すべてをーっ、剥奪されて私はラッキー!」

 写真データの露出・コントラスト・明るさなんかの各数値を極限まで引き上げてあらゆるものを白飛びさせて見えなくなるように、追放者は、じつは、追放者であることで、直視しないで済んでいたものがあったのではないだろうか。

 行き止まりに至った今、もはや目を背けることもできない。しかしその時、追放者は何をしたのかというと、追憶、という抜け道を見つけたのである。

 追憶。

 過去を思いしのぶこと。私も大好きで、しょっちゅう追憶に耽っているが、しかしこれは、私自身痛感していることだけれども、適切な距離を確保できない回想は、もはや現実逃避と変わらない。

 だからここにきて主人公の行動は、土壇場での切実なる逃避だと私は思うのだが、しかし、時間から追放されている身なので、新たな過去は生じない。結果、追想するものがなくなる。もう逃げられない。

 

 そして主人公はついに向き合う。直面する。

 でね、でね、でね、この、主人公が追い詰められて追い詰められて究極に追い詰められた果てに、自分の中の本当の本当の本当に本当のところと向き合うっていうくだりって、町田康さんの爆裂超傑作『告白』と、似ていると私は思います。

 それで、『東山道エンジェル紀行』の主人公は、最後、どうなったのか。

 場所も時間も、おそらく自分も、すべて失って、ただ立ち尽くして、そこにある永遠の夕景を眺めている。

 私はこれ、『告白』の城戸熊太郎の魂のたどり着いた場所なのかなと思って、なんで東山道なのかなということも含めて、色々とこじつけて考えようと思ったけど、わからなかったし、そもそも、そういうこじつけは、無粋だ。結局、作品の放つエネルギーみたいなものを矮小化して歪めて自分の中に取り込むことに他ならない。

 そのまま、このラストシーンを受け止めようと思う。そして凄い夕焼け空を見るたびに、この小説のことを思い出すんだ俺は。と私は思った。

町田康『朝鮮漂流』

 言葉って便利な道具だなと思う。自分の言いたいことや考えていることを、相手に伝えることができる。そして相手は、それを理解することができる。便利である。

 最近だとツイッター(現X)では異国語は自動で翻訳されてタイムラインに表示されるし、インスタグラムも翻訳ボタンを押せば秒で日本語に翻訳してくれる。というかそういうエス・エヌ・エスのアプリだけじゃなくてウェブブラウザ等でも母国語以外のページを開くと「翻訳する?」と聞いてきて、「お願いします。頓首」と頭を下げてからモニターに視線を戻すとすでにページ全体が見慣れた日本語に置き換わっている。すごおい。

 

 かくして私たちは、異国の人とも容易にコミュニケーションをとることができるようになった。国境は消えた! 人類みな兄弟! すごおい。べんりー。

 でもね。でも。便利だからこそのロストイントランスレーションというものが、あるのではないかしら、と私は思う。異国語使用者とのやりとりが簡単・便利になることによって、失われるもの。それは「面倒くささ」である。

 簡単になることで、面倒くささが失われる。そんなの当たり前じゃんと思われるかもしれませんが、この「面倒くささ」とは「想像力」を働かせる余地であり、それがじつはとっても重要だったのではないか、と思うようになったのは町田康さんの『朝鮮漂流』を読んだからです。

 

『朝鮮漂流』はどんな話かというと、江戸時代、薩摩藩の人たちを乗せた船が、大嵐に見舞われ、沈没しかけて死にかけて、なんとか見知らぬ地にたどり着いたのだけれども、そこは朝鮮国で、言葉は通じない。しかし漢文だと何とか通じることが判明し、薩摩藩の安田という人と、朝鮮国の役人その他大勢の人たちとの、もどかしくも決死のやりとりの記録を、安田が綴ったものである。

 

 安田はこの記録を書き始めるにあたって、自分は正気である、と最初に断りを入れている。このことについて私は少し、警戒した。なぜなら、安田が「酔ったと言っているうちは人はまだ酔っていない。本当に酔った人は、『酔ってない』と言う。(p.238)」と書いているように、頭がおかしい人ほど「自分はまともな人間だ」と言いがちだからである。

 

 以前、私はガリヴァーという船長が記した航海記を読んだことがあり、その航海記でも冒頭に船長の挨拶文が載っていた。

 そこで船長は「信じてもらえないような体験をこれから記すが、俺は狂っていない。俺は正気である。ヤフーどもは屑だ! それに比べてフウイヌムの気高さといったら! ああ! お馬さん。こら俺の文章に勝手に手を加えるな! 俺を狂人扱いするな! こら! がるる」みたいなことが書いており、私は全てを察し、以降に続く航海記は「そういうもの」として読んだものだが、このように、「自分は正気である」と宣言することは、「そういうもの」として見られてしまう危険をはらんでいる。

 しかし安田は宣言した。なぜかというと、それは、安田が本当にまともな人間だったからだと私は思う。

 どれくらいまともかというと、たとえば、私は先ほどから特に考えもなく彼のことを「安田」と呼び捨てにしてしまっているが、呼び捨てではちょっと失礼な気がする、さん付けにした方が自分の中ではしっくりくるー、と思ってしまうくらい、安田さんは、真面目な人なのだ。

 文章も真面目だ。公平な目線で、淡々と事実を綴っていく。つい、筆が滑ってしまった時は「これからはこういうことを書かないように気をつける」と自戒する実直なお人なのだ。

 

 だから朝鮮国の人たちとの、漢文を通してのやりとりも、安田さんは変なエフェクトをかけたりすることなく事実をそのまま文章にしていく。記録(草稿)が残っていない時は残っていないというし、覚えていないことは覚えていないというし、敢えて「草稿は失われなかった。(p.559)」と書いたりもする。真面目である。

 

 しかしこれは、安田さんの性格によるものだけではないと思う。真面目にならざるを得ないという側面が、どうしてもあったのだ。

 それは、朝鮮国の人と安田さんのやりとりが、個人対個人、であると同時に、国対国、でもあるからである。この当時、日本と朝鮮国との間では、「お互い、自国に漂着した人を助けて送り返す」という取り決めがなされていたみたいなのだけれども、しかしそれは「自国の法律に則った上で」という留保が伴っている。つまり、法律、そして前例を優先した上での救助・支援になるというわけである。

 だから安田さん側から「これをしてほしい」という要望を出して、朝鮮国の人も「それをしてあげたい」と思ったとしても、それが朝鮮国法で禁止されていたとしたら、絶対にできない。

 また、前例、というのも重要になってくる。なので安田さんは、日本や薩摩藩に不利になるような前例を作ってはならないという考えがある。それは朝鮮国側も同じである。

 そして、すべてのやりとりは公文書として残る。下手なことはできない。

 このような、過酷な縛り(ルール)がある中で、言葉が通じない相手との生きるための交渉だったのだ、ということを証明するための記録が、安田さんの文章=この小説なのであり、そりゃあ真面目にならざるを得ないし、自分は正気であるということも、その文章で説得力を持たせなければならない。

 

 そしてこの、厳格なルールのもとで行われた交渉、そしてそれを記述した文章について、これって詩っぽいなと思いました。作中でとにかくたくさんやりとりされる、五言絶句とか七言律詩という、漢詩に似てると思ったんです、形式の厳密さにおいて。

 こういう漢詩というのは、ウェブ検索で調べると、文字数、行数、構成、韻の踏み方、ががっちりと決まっていて、それらルールにのっとって、自分の気持ちなどを表現するものらしい。安田さんの文章(つまりこの小説)も、そのように読めるのではないだろうか。

 つまり、厳密な縛りのなか、最小限の言葉で綴られた記録。しかしその置かれたひとつひとつの言葉たちからは、安田さんの気持ちの響きみたいなものが広がっていて、それらが互いに共鳴している。読んでいるとそれが伝わってくる。詩だ。

 

 そしてこの感覚は、安田さんと朝鮮国の人たちとのやりとりそのもののようにも思える。お互いが母国語ではない漢文を通してのやりとりは、たとえば100、伝えたい内容があったとしても相手に届くのは68とか、下手したら50以下だったりもする。

 そんな時、彼らは、足りない部分を想像するのである。空白に響く残響に耳を澄ますのである。「相手が本当はどんなことを伝えたがっているのか」を、表情や身振り、文脈、雰囲気、直感などをフルに活用して、想像する。

 大変なことだと思うが、しかし、私は、このもどかしさとか面倒くささが、お互いを理解しあうために重要なんじゃないかと思った。

 

 宇宙において私たちがわかっていることはほんの5%にすぎず、残りの95%はダークマターとかダークエネルギーみたいな未知のものが占めているらしいのだけれども、人同士も、お互いを理解できる範囲なんてその人の5%くらいが限度で、残りは未知、その不明な空間を、想像でどれだけ埋めていけるかっていうのが鍵なのではあるまいか。

 わかりやすさは、単純さと裏腹なのであり、およそ37兆個もの細胞で構成されている人間は、そもそも単純な存在なのではなくて、わかりにくいものであり、そのわかりにくいものを、わかりにくいものとして、想像力を働かせて、どれだけわかることができるのか。

 私は、80パー以上いけると思っているよ。You may say I’m a dreamer だけれども。それが不可能ではないということは、安田さんの文章=この小説が証明している。安田さんと朝鮮国の(一部の)人たちは、想像力を駆使して、相手のことをわかろうとした結果、現代の我々が機械翻訳や人工知能などを使用して相手の言いたいことを理解する以上に、お互いのことを深く理解しあっていた、と私は思う。その思いを、端的な言葉にぎゅっと凝縮して綴っているわけですね。

 

 太守との別れの場面もラストの羊も感動的で印象深いけれど、私がもっとも胸を打たれたのは、最終盤におけるメシを喰う場面、「その口調には異国の文物を下に見ている感じがあった。(p.643)」と書いてから安田さんが「肉声で語る」その内容です。友情だ、と私は思った。国対国とか面子とか法律とかに色々と縛られてきたけれど、でもそんなのを度外視したところで、彼らは、友情で理解しあうことができていた。それは私たちにも不可能なことではないはずだ。想像力さえあれば。

 

 と、万感の思いで本書を読み終えて、巻末に記された「装画 安田義方」という表記を見てぶったまげた。表紙の絵って安田さん描いたの!? うますぎない? そりゃ朝鮮国の人たちから幾度も「絵を描いてほしい」って乞われるわけだよ! 謙遜してたけどめちゃくちゃ上手じゃないですか! と、私は思いました。

町田康『口訳 太平記 ラブ&ピース』

 激動の時代、といったことを表現する時にまず間違いなく用いられる言葉は「うねる」だと思う。時代のうねりに翻弄されて……みたいな。うねる、を辞書で調べると「緩く曲がりくねること」「大きく起伏する海の波」とあり、時代の揺れ動く感じがイメージしやすくて便利だから誰もが使うのだろうが、しかし、そもそも、そうやってうねりの主体を時代にしてしまったら、責任の所在が曖昧になってしまいませんか。

 なぜなら、時代って特に自由な意思とか持ってなさそうだし、つまり自らうねりようがないのであって、だからもし、時代がうねっているのだとしたら、何かうねらせている存在がいる。そしてそれってたぶんほぼ確実に、人、だと思う。

 人が時代をうねらせている。それなのに「あの頃は大変な時代だったねえ。大きく起伏する海の波みたいで苦難の連続だったねえ」で済ませてしまうと、そのうねりの原因を作った人の存在がなかったことにされやしませんか。お咎めなしみたいな感じになりやしませんか。それってどうなんでしょうね。

 

 昔は迚もよかったのだけれども今は凋落している。なんでこんな事になってしまったのか。先程より俺はその事について考えている。(p.3)

 

『口訳 太平記 ラブ&ピース』の語り手である「俺」は、「⚪︎俺は今」という本書冒頭の章で、荒廃してしまった世の中を嘆き、その原因について考える。この時「俺」は、いわゆる「時代」を音楽に例えている。そして次のように述べている。

 

 今、鳴っている音がそれぞれどの過去に繋がっているのかを明らかにできれば、どの音を鳴らしている奴を殺せばよいかが明確になる(p.5)

 

 今現在、流れている音はぐちゃぐちゃで最悪である。だからその最悪な音を一つずつミュートしていけば、みんなも消されないようにちゃんと演奏しようという気持ちになって、「少しずつではあるが全体がまとまっていって、いつかは美しい音楽になる、という期待を抱くことができるようになる(p.5)」のではないかと「俺」は考えたのである。しかしそれは無理な話だとも「俺」は考えている。美しさといってもそれは自分(たち)に取っての美しさでしかなく、結局は争いは激化するだろう、と。「とは言うものの。(p.6)」

 

 今、俺は、今鳴っている音や人から聞いた話、誰かが考えた、これが大筋の音だよ、という音の連なり等に耳を澄まし、目を凝らして、轟音の中から美しく調和する音だけを択び取って貧しい和音を頭の中に鳴らそうと思う。(p.6)

 

『平家物語』も冒頭で、鐘の音色を諸行無常な世の中(時代)に例えていた。静寂の中に響き渡るブウウーーーーーーンンンーーーーーーンンンンという鐘の音に、「なんかぜんぶ滅んじゃったよね。うたてけれだよね」としんみりした感じからスタートする『平家物語』が、なぜそんな落ち着き払った態度で語ることができるのかというと、それは、「すべてが終わったあと」に語られているような雰囲気を纏っているからだと私は思う。ぜーんぶ終わって、落ち着いた位置で、「あの時」のことを語ろうとする感じ。

『口訳 太平記 ラブ&ピース』の場合、その語りの位置が決定的に違っていると思う。語り手の「俺」がいる「今」は、全然落ち着いてない。治安も乱れまくっているようだし、どうも戦時下っぽい感じも漂っている。鳴っている(いた)音も鐘の音とかではなく「轟音」なのである。そのごちゃごちゃした怒涛の音の流れの中から「俺」が択び取ってなんらかの祈りを込めて鳴らす音楽、それがこの物語、と言えなくもないと思う。ところでなぜそのような無意味なことをするのかと或る人から問われた「俺」はこう答えている。

 

「わかってるけど、やんないと遣りきれないじゃん」(p.6)

 

 こうして音楽=物語がスタートする。

 それはもうたくさんのキャラクターが次々と登場し、色んな音を鳴らしまくり、消えて(死んで)いく。

 語り手の「俺」は「貧しい和音」と謙遜しているが、その語り口調たるや、圧倒的なグルーヴでみなぎっているのであり、読み出したら止まらない。私なんかはもう睡眠時間を削って削って段ボールみたいな顔色になっても読むことを止められなかった。それくらい面白いよ。

 そしてとにかくひたすら笑わされる。

 私はもう毎ページ笑いながら読んだ。中でも最高に笑ったのが、あのすごいドラマー、津守国夏のくだり。機転をきかせて難局を乗り切ったあとに、しみじみと述懐するセリフに声をあげて爆笑した。思い出すだけでも笑えてしまう強烈さ。阿新ちゃんが錯乱してから正気に戻るくだりも爆笑した。

 しかし凄いのは笑いだけではなくて、この音楽(物語)が最高に盛り上がる瞬間というのは、私は戦の場面にあると思う。終盤に出てくるけっこう壮絶な戦い(殺し合い)で背景音楽として流れている(ように私は読んだ)のはジョン・レノンの「Give Peace A Chance」であり、この演出は最高にかっこいいと思う。別の場面ではビートルズの「All You Need Is Love」が流れていたりもする。

 副題のラブ&ピース。これは人類愛とかそういうのではなくて、あくまで自分(たち)にとってのラブ&ピースのことなのだと思う。自分たちの利益、既得権益、良い暮らし、そういったものらを純粋に追い求め、衝突しまくる美しい音楽、ラブ&ピース。続きが気になってしょうがない。だって、And the Melody Still Lingers Onなのですもの(最後、英語で締めるとかっこいいかなと思い、そうした)。

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松尾芭蕉『新版 おくのほそ道』潁原退蔵・尾形仂=訳注

 私は、『おくのほそ道』とは、俳句が好きなおじいさんが東北地方を愉快に旅した日々を綴ったエッセイ集のようなものだと思っていた。相方の曾良と一緒に、てんやわんやの珍道中。たまに俳句を詠む。そのような先入観で、なんかつまらなそう、と読まずにこれまで生きてきたことを、今、心の底から恥じている。

『おくのほそ道』が、かなりの作為をもって組み立てられているものだ、ということはこの本を読むまで知らなかった。事実をもとにしたフィクション、ドキュメンタリー風の劇映画に近い。監督・松尾芭蕉は「ここの場面でこういう画が欲しいな」という時にはCG合成で花とかを足したり、実際の旅程を前後させたり省いたり、ドラマチックに盛り上げるために「完全オリジナルの遊女エピソード」を挿入したりする。

 なぜ松尾芭蕉がそういった演出を加えたのかが分かるのかというと、彼の旅の大部分を同行していた曾良が克明に日記を書いていたからである。曾良の日記と、『おくのほそ道』には、大きな差異がある。その差異は、芭蕉が演出(編集)を加えたことにより生じている、というわけ。

 本書では、現代語訳の後に続く解説で、実際のところはどうだったのか、を紹介しながら、ではなぜ芭蕉はそのような演出を加えたのか、そうすることでどのような効果が生まれたのか、をわかりやすく丁寧に説明してくれていて、ありがたいです。まるで映画のメイキング映像を観ているような解説だった。「あのシーンはこうやって撮ってたのかー」って。

 

 それはともかく、東北地方の裏日本と呼ばれた土地で生まれ育って今も住んでいる私としては、『おくのほそ道』が持つ差別的な冷たいまなざしについて、触れないわけにはいかない。なお、以下に続く感想文は、赤坂憲雄『東北学/忘れられた東北』から多大なる影響を受けている。

 それで、どのような点が差別的かというと、全部なのだけれども、そもそもが、みちのく=道の奥、つまり中央から見ての奥、という捉え方がすでに上から目線である。

 そして、「漂泊の思いに突き動かされて、あんな辺境に旅立つ悲壮な俺」というのを飾り立てているわけだけれども、そおなんだっ、すごおーい。とはならない。冒頭からすでに嫌な予感しかしない。

 勤勉実直を自称する(面倒くさそうではあるが)宿の主人を「期待したけど、ただ無知で無分別なだけじゃん。まあその愚直さっていうのもひとつの美徳だって昔の偉い人が言ってたっけ」と評したり(意訳)、こんな片田舎にも街角での演奏の文化が残っているなんて驚いた(意訳)、こんな辺鄙な土地にこのような立派な神社があるなんてすごい(意訳)、などと何かにつけて上から目線。(ちなみに上記の神社は塩竈神社であり、そこには東北を平定した神が祀られているという。平定、辞書では「敵や賊を討ち平らげること」とある。「敵」や「賊」として「討ち平らげ」られたのって、東北の人たちに他ならないですよね)

 しかし、そうやって田舎を見下す一方で、各所でめちゃくちゃ格好良い一句を残していく。このギャップはなんなのか。

 みちのくへの冷たいまなざしと、美しい俳句。

 これは、ずれや食い違いではないのかもしれない。冷徹な視線があったからこそ、鋭い俳句が詠めた。両立している。

 東北を見つめる芭蕉の目は笑っていない。もちろん、涙でにじんでもいないですよ。土足でずかずかと踏み込む感じ。「いや、あなた、土足ですよ、履き物を脱いでくださいよ」という小さな声はかき消されている。今はもう、耳をそばだててもその声は聞こえてこないけれども、しかし、少なくともみちのくの人たちは、彼の俳句をそんなにありがたがらなくてもいいと思いますよ。さきかたはうらむがごとし? はあ? なんかあのじじい勝手なこと言ってますけど秋田の人おこらないんですか? いいんですか?

 

 夏草や兵どもが夢の跡

 

 平泉で詠まれたこの一句の存在は私でも知っていた、格好よくて大好きである。解説によると、平泉での芭蕉の文章は「実景の写実的描写をはるかに超越している(p.111)」のだという。どういうことか。「別当不在で開帳してもらえなかった経堂を開帳し、実際にはない三将の像を拝したかのごとく書いている(p.111)」のだそうだ。

 実景の写実的描写をはるかに超越。物は言いようである。それってつまり、完全な創作。現実を描写していないということ。そおなんだっ。すごおい。

 そう考えると、「時の移るまで涙を落としはべりぬ。(p.37)」とあるが、本当にそんなに泣き続けたのでしょうか。そもそもどこの景色を見ていたのかも定かではないのだ。風景を眺めて滂沱たる涙を流すというエモーショナルな「画」が欲しかっただけではないのか。

 存在していない「三将(藤原清衡、基衡、秀衡)の像」を、「見た」とも芭蕉は書く。

 

 かねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。(p.37)

 

 芭蕉は何を見たのか。

 中央に滅ぼされたみちのくの歴史を前にして、彼は何も見ていなかったのではないか。彼はいつだって自分の頭の中の東北を見ていた。そして現地を訪れて、あらかじめ用意してきたレッテルを、その天才的言語センスで貼り付けた。それは迫害と滅びの歴史への、あまりに冷酷なふるまいじゃあないですか。イメージの東北の押しつけ。暴力的なまなざし。

 空にうかぶ雲を眺めて、「あー俺もあんな感じで漂泊したいなー」と思い立った、という風を装いながら、あてどなくさまよう旅っぽさを自己プロデュースしつつ、その天才性で東北を冷たく見事に完璧に切り取っていった松尾芭蕉。

 なんで旅をしたのだろう。旅をしなくても、この傑作は書けたはずである。観念の東北旅行記。「行った」けれども「見て」はいない。「行く」ことで完成する何かがあったのでしょうね。

 でもね、ちゃんと見なきゃ駄目だと思いますよ。あなたの東北に向けるまなざしは、現代にまで影響を与えてしまっているんです。責任、大きいですよ。

島田雅彦『Ifの総て』

 バタフライエフェクトなんていうロマンチックな言葉があってこれはたしか、エジプトで蝶が羽ばたけば北極で白くまがくしゃみする、というように一見すると関連がなさそうなできごとが実はしっかりと因果の糸で繋がっているという意味を持っていたと思う。風が吹けば桶屋が儲かる。

 ならば、白くまにくしゃみをさせないためには、蝶の羽ばたきを阻止すればよいのだろうか。桶屋がぼろ儲けしてさらに巨万の富を手にしようと画策しどでかい工場を自然を破壊して建設して煙突からの黒煙で空気を汚し産廃垂れ流しで川を汚染し近隣住民に深刻な健康被害をもたらさないようにするためには、風が吹かないようにすればよいのだろうか。

『Ifのすべて』の主人公・花村薫は、いわば「蝶の羽ばたき」を阻止するために、いや、より正確には、阻止は可能だったのか、そしてその場合はどのような現在(未来)を迎えるのか、と言うことを検証するために、AIによって生成された仮想現実=メタ現実の過去へと向かう。

 本作で何度か比喩として用いられている、レール。レールの上を走る「歴史」あるいは「運命」を変えるには、レールを別のレールへと切り替える転轍機を操作しなければならない。そうやってポイントを切り替えることによってしか、蝶の羽ばたきは阻止できない。

 花村は歴史家で、つまり過去の出来事にはとにかく精通しているわけだから、歴史上のポイントとなる場所、人物、つまり「その時歴史が動いた」瞬間を探すこと自体はそう問題ではない。

 問題になってくるのは、転轍機の操作である。いざ、転轍機のレバー的なもの(イメージです)に手をかけて、ポイントを切り替えようとするのだが、その瞬間、きまってレバーはフリーズする。なぜだろう。これは、メタ現実の性能の限界というよりも、歴史において選ばれなかった別の可能性に流れを変える、そのことがいかに絶望的に困難かということのあらわれなのだと思う。

 その選択が決定的だった、のだとしても、その選択に至るまでには、膨大な選択肢の流れが過去として存在しているのであり、ポイントを切り替えるということは、その激流のごとき過去の流れの行先を捻じ曲げるということに他ならない。地球は時速1,700kmで自転し(赤道上)、かつ時速10万7,000kmで公転し、そして太陽系は時速80万km以上で移動している、とさっきウェブ検索で調べたら書いてあった。つまり我々は想像もつかないような猛スピードで移動している。流れている。その流れを変える? 無理だよ。

 メタ現実における花村の挑戦はことごとく失敗に終わる。つまり、あり得たかもしれない「もうひとつの歴史」に流れを変えることができない。原因不明の副作用で体調はぼろぼろになりながら、花村が行っていたのはまるで絶望の地ならしのようである。この時、メタ現実内で地ならしされた絶望と、この小説内の絶望と、いま私がいるこの現実の絶望の地平が一体化する。インフィニティ温泉ならぬ、インフィニティ絶望。しかしその境界を失った絶望の大地の上に、希望の花が咲いている。なに急に可憐な例えを持ち出してやがるんだ、と思われるかもしれないが、花村とその助手の穂花、主要キャラ二人の名前に「花」という文字が使われているのだもの、お花に例えても、よろしいではありませんか。

 真の希望は、絶望の中からしか生まれない。そういうことがこの物語では描かれているのではないか。花村が絶望の花であり、穂花が希望の花なのである。

 終盤、自分のそう長くはない寿命も知っちゃった花村は、なかばやけっぱちのような凄みで友人にあるお願いをする。その命懸けの気迫に圧せられた友人は、その頼みを引き受けるのだが、この瞬間、未来が変わった、と私は思う。蝶の羽ばたきではなく、孵化を阻止するような、ポイントの切り替えが行われた。

 ここから先は穂花の出番である。穂花とあの絶望芸人のこれからの歩みに思いを馳せて心をときめかせつつも、作中と地続きの絶望的現実を生きる私は、反抗することに対して朗らかな勇気が芽生えていることに気がついて、この小説を読んで良かったな、と思った。