
激動の時代、といったことを表現する時にまず間違いなく用いられる言葉は「うねる」だと思う。時代のうねりに翻弄されて……みたいな。うねる、を辞書で調べると「緩く曲がりくねること」「大きく起伏する海の波」とあり、時代の揺れ動く感じがイメージしやすくて便利だから誰もが使うのだろうが、しかし、そもそも、そうやってうねりの主体を時代にしてしまったら、責任の所在が曖昧になってしまいませんか。
なぜなら、時代って特に自由な意思とか持ってなさそうだし、つまり自らうねりようがないのであって、だからもし、時代がうねっているのだとしたら、何かうねらせている存在がいる。そしてそれってたぶんほぼ確実に、人、だと思う。
人が時代をうねらせている。それなのに「あの頃は大変な時代だったねえ。大きく起伏する海の波みたいで苦難の連続だったねえ」で済ませてしまうと、そのうねりの原因を作った人の存在がなかったことにされやしませんか。お咎めなしみたいな感じになりやしませんか。それってどうなんでしょうね。
昔は迚もよかったのだけれども今は凋落している。なんでこんな事になってしまったのか。先程より俺はその事について考えている。(p.3)
『口訳 太平記 ラブ&ピース』の語り手である「俺」は、「⚪︎俺は今」という本書冒頭の章で、荒廃してしまった世の中を嘆き、その原因について考える。この時「俺」は、いわゆる「時代」を音楽に例えている。そして次のように述べている。
今、鳴っている音がそれぞれどの過去に繋がっているのかを明らかにできれば、どの音を鳴らしている奴を殺せばよいかが明確になる(p.5)
今現在、流れている音はぐちゃぐちゃで最悪である。だからその最悪な音を一つずつミュートしていけば、みんなも消されないようにちゃんと演奏しようという気持ちになって、「少しずつではあるが全体がまとまっていって、いつかは美しい音楽になる、という期待を抱くことができるようになる(p.5)」のではないかと「俺」は考えたのである。しかしそれは無理な話だとも「俺」は考えている。美しさといってもそれは自分(たち)に取っての美しさでしかなく、結局は争いは激化するだろう、と。「とは言うものの。(p.6)」
今、俺は、今鳴っている音や人から聞いた話、誰かが考えた、これが大筋の音だよ、という音の連なり等に耳を澄まし、目を凝らして、轟音の中から美しく調和する音だけを択び取って貧しい和音を頭の中に鳴らそうと思う。(p.6)
『平家物語』も冒頭で、鐘の音色を諸行無常な世の中(時代)に例えていた。静寂の中に響き渡るブウウーーーーーーンンンーーーーーーンンンンという鐘の音に、「なんかぜんぶ滅んじゃったよね。うたてけれだよね」としんみりした感じからスタートする『平家物語』が、なぜそんな落ち着き払った態度で語ることができるのかというと、それは、「すべてが終わったあと」に語られているような雰囲気を纏っているからだと私は思う。ぜーんぶ終わって、落ち着いた位置で、「あの時」のことを語ろうとする感じ。
『口訳 太平記 ラブ&ピース』の場合、その語りの位置が決定的に違っていると思う。語り手の「俺」がいる「今」は、全然落ち着いてない。治安も乱れまくっているようだし、どうも戦時下っぽい感じも漂っている。鳴っている(いた)音も鐘の音とかではなく「轟音」なのである。そのごちゃごちゃした怒涛の音の流れの中から「俺」が択び取ってなんらかの祈りを込めて鳴らす音楽、それがこの物語、と言えなくもないと思う。ところでなぜそのような無意味なことをするのかと或る人から問われた「俺」はこう答えている。
「わかってるけど、やんないと遣りきれないじゃん」(p.6)
こうして音楽=物語がスタートする。
それはもうたくさんのキャラクターが次々と登場し、色んな音を鳴らしまくり、消えて(死んで)いく。
語り手の「俺」は「貧しい和音」と謙遜しているが、その語り口調たるや、圧倒的なグルーヴでみなぎっているのであり、読み出したら止まらない。私なんかはもう睡眠時間を削って削って段ボールみたいな顔色になっても読むことを止められなかった。それくらい面白いよ。
そしてとにかくひたすら笑わされる。
私はもう毎ページ笑いながら読んだ。中でも最高に笑ったのが、あのすごいドラマー、津守国夏のくだり。機転をきかせて難局を乗り切ったあとに、しみじみと述懐するセリフに声をあげて爆笑した。思い出すだけでも笑えてしまう強烈さ。阿新ちゃんが錯乱してから正気に戻るくだりも爆笑した。
しかし凄いのは笑いだけではなくて、この音楽(物語)が最高に盛り上がる瞬間というのは、私は戦の場面にあると思う。終盤に出てくるけっこう壮絶な戦い(殺し合い)で背景音楽として流れている(ように私は読んだ)のはジョン・レノンの「Give Peace A Chance」であり、この演出は最高にかっこいいと思う。別の場面ではビートルズの「All You Need Is Love」が流れていたりもする。
副題のラブ&ピース。これは人類愛とかそういうのではなくて、あくまで自分(たち)にとってのラブ&ピースのことなのだと思う。自分たちの利益、既得権益、良い暮らし、そういったものらを純粋に追い求め、衝突しまくる美しい音楽、ラブ&ピース。続きが気になってしょうがない。だって、And the Melody Still Lingers Onなのですもの(最後、英語で締めるとかっこいいかなと思い、そうした)。





