Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

熊谷達也『邂逅の森』

あの時、本当にクライドリが効いたのかどうかは、今もって疑問だ。だが、理屈には合わないようなことが、山の中ではしょっちゅう起こるのも事実だった。 (p.39) 主人公の松橋富治は、マタギである。物語の舞台は大正三年。富治は二十代半ば。ここから、何十…

藤野千夜『中等部超能力戦争』

文章が難しくて意味をとるのに苦労したけれど、冒頭を三度読み返しても同じように感じたからたぶん間違いない。確かに学力は小清水さんより劣っていても、はるかはそういった勘には少し自信がある。 まずそこに書いてあったのは、たぶんはるかへの悪口だった…

森達也『死刑』

(前略)執行に携わる多くの人に会った。多くの人に話しを聞いた。これから死刑が確定する人。かつて死刑が確定していた人。弁護士に元検察官。政治家に元裁判官。刑務官の苦悩や教誨師の煩悶に触れ、廃止を願う人、存置を主張する人たちにも会って話を聞い…

島田雅彦『スノードロップ』

「ハンドルネームは何にしようかしら」と相談すると、ジャスミンは「お好きな花の名前はいかがですか」というので、「スノードロップ」にすることにしました。下向きに咲く白い花は悲嘆の涙を連想させ、まさに私の心境そのもののような花です。花言葉は「希…

松尾潔『松尾潔のメロウな季節』

先日の連休にbayfmで放送されていた特番『松尾潔のメロウな休日』を聴いていて、私はとても驚いたことがある。 松尾潔さんのキャラクターが、NHK-FMのご自身の冠番組『松尾潔のメロウな夜』とだいぶ違っているのだ。 R&B愛好家としての非常に抑制の利いた…

町田康『ギケイキ② 奈落への飛翔』

兄は、「僕の使者を殺すなんて信じられない」と息巻いて周囲の人たちは、「ですよねー」と同調したが、兄の居ないところでは、「ああなったら、普通、殺すよな」「殺す殺す」と言い合っていた。 このことで私ははっきり兄と敵対することになった。 (p.221)…

横道誠『みんな水の中』

だが考えてみてほしい。そもそも私たちは日常的に、多数派の定型発達者に適合するようにデザインされた社会でしか生きられないように仕向けられている。初めから環境を調整してもらうことで、定型発達者は彼らの能力を発揮できている。(中略)これらは、環…

プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』神西清訳

ゲルマンは衝立のかげへ進んだ。そこには小さな鉄の寝台があり、手紙の通り右手に内房の扉が、左手には廊下へ出る扉があった。左手のを開けると、哀れな娘の部屋へ導く狭い廻り梯子が見えた。けれど彼は歩を返して、真っ暗な内房に踏み入った。 (「スペード…