Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

2024-01-01から1年間の記事一覧

スィンティノヴェンバ

ついこないだまで連日の暑さに苦しめられて、「だったらもう、冬、こないでほしい。この馬鹿みたいな蒸し暑さがずっと続きやがれ」と自棄になりながら仕事、していたのに、近ごろは当たり前のようにめっきり冷え込むものだから、やっぱり冬は来るんでしょう…

宇多田ヒカル「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」

youtu.be ■母星から遠く離れて私たち、時間厳守の休息を取る 木星の巨大な「目」の前をしれっと横切っていく宇宙船だが、しかし、その視線を意識していないわけではないので、その装われた平然さは、どこかぎこちない。 そのぎこちなさが、生々しくて、私は…

骨密度、ランニング

私の骨はすかすかである。八十歳台の骨密度らしい。判明したのは三年前の初夏、健康診断で。 鳥はね、空を飛ぶために体を軽くする必要があり、骨をすかすかにして軽量化を図っているという。俺も鳥みたいなものだな、と私は思ったが、しかし私は飛ぶことがで…

夏草は? つわものどもは? 夢はどこ?

旧世紀時代はそんなに聞かなかったような気がするが、新世紀になってからひんぱんに耳にするようになった、「死者は、忘れられた時に本当に死ぬ」といった考え方が私は苦手というか、首肯しかねるというか、大嫌いである。これは良くない考え方だと思う。 お…

夜道 非通知 グラフィティ

身辺整理をしていたら、昔使用していた携帯電話が出てきて、作業の手、思わず止まった。うっわーなつかしー。auのG9という機種で、ウェブ検索で調べたら2009年の4月に発売されたとある。 25年前! 四半世紀も昔の話か! と驚愕したがそれは私の計算ミスで、…

きわめて私的な夏への扉

なんか猫専用の出入口みたいな、玄関の、人が使うドアの脇あたりに。猫専用の、小さなドアがあり、猫はそこを自由に行き来できる。 そして、猫はそこをくぐる時いつも、このドアの向こうはあの夏に繋がってると思っているんだって、たしか大昔に読んだロバー…

Faded picture

マウスの真ん中についているタイヤみたいなやつ、あれをくるくると前後させると、それに連動してモニター上の私の写真が拡大・縮小する。息子はその操作を繰り返し笑いながら、「パパ、十年前は健康的に太ってたんだね」などと言う。 歳月人を待たずだなー、…

横道誠『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』

たったひとつの正解、というものは用意されておらず、読者の数だけの答えがある。というのが、時代を越えて読み継がれる名作、と称されるような作品の多くに当てはまる要素のひとつだと私は思う。 「これだ!」と正解を突き付けてくるような作品も私は好きだ…

ムーミン小説と私

私はそのキャラクターがムーミンだということは知っていた。ムーミンパパ、ムーミンママのことも知っていたし、スナフキン、ミイのことも知っていた。 知っていたといっても、そういうキャラクターがいるなーぐらいの認識であり、ムーミンが実際はムーミント…

町田康『口訳 古事記』

十五年前くらいに、書店で現代語訳の古事記を見かけて、なんとなくぼんやりと古事記に興味があった私はそれを購入した。文庫版だし、表紙に描かれた埴輪のイラストもキュートで、これなら読めそうだなーと思ったのだ。でも駄目でしたね。 この十五年間、いっ…

渡辺浩弐『中野ブロードウェイ怪談』

この本を私は中野ブロードウェイで購入している。明屋書店で、サイン入りだよ! 昨秋、四十歳(当時)にして生まれて初めて一人で上京した。生活に支障をきたすレベルで方向音痴の私は、中野ブロードウェイにたどり着けるのか心配だったが、スマートフォンの…

町田康『くるぶし』

粗野な私だけれども短歌に触れる機会が年に一度だけある。初詣の時に引く紙のおみくじに書かれている。あの、金色のちっちゃい縁起物フィギュアが封入されているやつ。基本的に毎年大凶で、運が良ければ凶を引けるという強運の持ち主の私がおみくじで目にす…

村上春樹『国境の南、太陽の西』

語り手の「僕」にはハジメという名前が与えられている。で、何月何年に生まれた自分はなぜ「ハジメ」と名付けられたのか、みたいなところから物語は始まる。そして子供の頃からの出来事が語られるんだけれども、となると、とうぜん気になってくるのが、「な…

『ちくま日本文学035 織田作之助』

今は無くなってしまったが数年前までNHKラジオで『文化講演会』という番組を日曜日の夜にやっていた。色んな分野の専門家が、色んな所で行った講演を放送するという一時間の番組である。私は興味がある分野もない分野も関係なく、毎週、専門家の話を聴いてい…

三木卓『21世紀によむ日本の古典14 井原西鶴集』

井原西鶴って、あれですよね、安土桃山時代あたりの人で、クレイアニメの第一人者でしたっけ? そんな誤った認識しか持ち合わせていなかった私だが、この本は面白かった。 井原西鶴は江戸時代の人である。1642年生まれ。1693年没。当時のベストセラー作家だ…

斎藤美奈子『挑発する少女小説』

かつて良妻賢母育成ツールとして生産されたという少女小説(家庭小説)。でも、小説で教育って可能なのかな? 時代を超えて読み継がれる、子供たちを夢中にさせてきた少女小説には、「小説で教育してやる」という大人たちの陰謀からはずれた、むしろそんな思…

水木しげる『のんのんばあとオレ』

水木しげるさんの自伝。少年時代がメインに語られている。そういう時代だったというのもあるのだろうけれど、もう、暴力がすごい。喧嘩ばかりしている。隣町のガキ大将軍団とのど派手な抗争もあれば、学校のクラスでなめられないために、ボスザルの地位を手…

松尾潔『おれの歌を止めるな』

私が愛聴していたラジオ番組『松尾潔のメロウな夜』が終了してもうすぐ二ヶ月。松尾さんの「新譜がたまっています」が好きだったのだけれど、そのフレーズは今年に入ってから一度も聞かれないまま、番組は三月に終了した。感動の最終回だった。でも、悲しか…

広瀬正『マイナス・ゼロ』

戦前、戦後に起きた実際の事件・事故の日時を取り込みつつ描かれるタイムマシンの物語。過去と未来を何度か行き来して展開する話は面白く、続きが気になって読み進めるのだけれど、同時にとても面白く感じるのが、克明に描かれる当時の人々の暮らしや、風景…

山本加奈子『マンガでわかるジャズ』

これまでずっと漫然とジャズと呼ばれるジャンルの音楽を聴いてきた。「おー、なんか、いいなー」って感じで、漫然と。私はそういう聴き方が好きだし、これからもそうやって聴いていくつもりでいるのだが、しかし、NHK-FMの『ジャズ・トゥナイト』が聴き逃し…

岡田明子、小林登志子『シュメル神話の世界 粘土板に刻まれた最古のロマン』

シュメル人ってのは何者なんだろう。どこからきてどこへ消えたのかはよく分かってないらしいんだけれど、人類最古の高度な文明を築いていたのは間違いなさそうである。 世界各地の神話に「洪水伝説」があるというのは有名で、これは、全世界を覆う巨大な洪水…

小林登志子『シュメル――人類最古の文明』

最古の文学者だというエンヘドゥアンナ王女のことが気になって、この本を読んだ。 今から六千年前くらいにシュメル人という人たちがいて、高度な都市文明を築いていた。そんなシュメル人たちの暮らしが詳しく紹介されている。 なぜそのように大昔のことを、…

町田康『ギケイキ③ 不滅の滅び』

そして私にとってそれは私によって私自身の魂を鎮めること。死者である私のために私が祈る祈りなのである。だから私は静のことを語ろうと思う。ふるえる声で語ろうと思う。そう、それこそnovelのように。(p.352) どうも現代に「いる」らしい源義経が、みずか…

髙村薫『土の記』

たとえば、次のような文章に私は興奮する。 その下では落下した雨粒の一つ一つが葉から枝へ、枝から葉へと集まって無数の白糸になり、茂みを這う男の周りで極小の滝をつくる。あの有名な白糸ノ滝も、滝つぼに佇んだ巨人の眼にはこんなふうに見えるか。(下 p.…