Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

町田康『ギケイキ③ 不滅の滅び』

そして私にとってそれは私によって私自身の魂を鎮めること。死者である私のために私が祈る祈りなのである。だから私は静のことを語ろうと思う。ふるえる声で語ろうと思う。そう、それこそnovelのように。(p.352) どうも現代に「いる」らしい源義経が、みずか…

髙村薫『土の記』

たとえば、次のような文章に私は興奮する。 その下では落下した雨粒の一つ一つが葉から枝へ、枝から葉へと集まって無数の白糸になり、茂みを這う男の周りで極小の滝をつくる。あの有名な白糸ノ滝も、滝つぼに佇んだ巨人の眼にはこんなふうに見えるか。(下 p.…

やなせたかし『ふしぎな絵本 十二の真珠』

どこにでも死闘はある 小川の流れの中にも ツルバラの茂みにも タンポポの葉の下にも なにかが生きて なにかが死んでいる (p.52-53「チリンの鈴」より) この本に収められている十二の短編、そのほぼ全てが、悲しい、強烈に。 なぜこんなに悲しいのかという…

渡辺浩弐『2030年のゲーム・キッズ』

私はいろいろなことを忘れていく。 けれども、問題はない。 思い出すことはできるのだから。 そんなふうに、私は機械に変換されていった。(p.197-198) 現在、不惑の私が、高校生だった頃、つまり前回のミレニアム前後のことだが、「当時の大人たち」は盛んに…

フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』杉山晃、増田義郎訳

無数の星がきらめく黒い空。そして月のそばには、いちばん大きな星。(p.95) アブンディオという名のロバ追いの男が登場する。生者も死者も分け隔てなくしゃべりまくるこの小説内において、耳の遠い彼には特別な役割が与えられている。哀れな狂言回し。彼に与…

國分功一郎『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』

ですから、どうすれば自らの力がうまく表現される行為を作り出せるのかが、自由であるために一番大切なことになります。(p.110) 面白くて三回、読んだ。どういうところが面白かったかというと、まず、読みやすいということ。 そして、読みやすいけれど、既成…

千葉雅也 二村ヒトシ 柴田英里『欲望会議 性とポリコレの哲学』

二村 なぜ、境界線を引いて敵と味方をはっきりと分けたいんだろう。 千葉 それは、柴田さん的に言えば、気持ちいいからでしょう。 柴田 はい。「敵」の存在は、コミュニティの結束を高めますからね。そこには共感の快楽があります。 (p.104-105) この本を読…

2023年10月24日_町田康_高円寺JIROKICH

冒頭、町田康さんは、おおよそ次のようなことを語る。 綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)という言葉がある。これは、天子(偉い人)の言葉は、取り消しできないという意味である。なぜ、天子のような偉い人の言葉を、汗という汚いものに例えるのか、昔か…

横道誠『発達障害の子の勉強・学校・心のケア』

新型コロナウイルスが蔓延するよりも数年前の年明け、高校時代の友人らとコーヒー店で話をしている時に、生きづらさ、の話題になった。 我々も、今はこうやっていい歳したおじさんとしてなんとかぶざまに存在しているけれども、なんか色々と、本当に色々と、…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』鈴木徹郎訳、翻訳編集:畑中麻紀

ホムサ・トフトには、まるっきり今までとちがったママが見えて、それがいかにもママらしく、自然に思えました。ホムサはふと、ママはなぜかなしくなったのだろう、どうしたらなぐさめてあげられるのだろうと思いました。(p.258) 1. 昨年、初めて読んだ『ムー…

トーベ・ヤンソン『ムーミンパパ海へいく』小野寺百合子訳、翻訳編集:畑中麻紀

「わたしはいつだって海が好きだったよ。うちはみんな、海が好きだろ。だからこそ、ここに来たんじゃないかね」(p.269) ムーミン一家が、灯台のある島で暮らし始める。『ムーミンパパ海へ行く』とはそういう物語なのだけれど、でも、なぜ彼らは、住み慣れた…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』山室静訳、翻訳編集:畑中麻紀

ふと、自分の青ざめた鼻が鏡のかけらにうつっているのを、フィリフヨンカはちらと見たのです。そして思わず窓のところまで走っていくと、外へ飛び出しました。 (p.78「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」より) ムーミン小説の中で唯一の短篇集が本作…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』山室静訳、翻訳編集:畑中麻紀

トゥーティッキは、肩をすくめました。 「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。そうして自分ひとりで、それを乗りこえるんだわ」 お日さまは、いよいよ燃えるように輝きはじめました。(p.170) ムーミンたちは冬眠をする。十一月から四月…

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』

話はこないだの世紀末前後にさかのぼる。 その頃、「ゲーム好きの、ファミっ子」(by飯田和敏from『スーパーヒットゲーム学』著・飯野賢治)だった僕が所有していたゲーム機はニンテンドウ64だった。 それで『スーパーマリオ64』を遊びまくっていた。クッパ…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』下村隆一訳、翻訳編集:畑中麻紀

ミーサは赤いベルベットのドレスを着て、舞台の上をしずしずと進みました。しばらくの間、両手を目の上にあててじっと立ったまま、プリマドンナになるとどんな気持ちがするものか、味わいました。それは、すばらしいものでした。(p.165-166) 彼女の名前はミ…

トーベ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』小野寺百合子訳、翻訳編集:畑中麻紀

わたしはたのしくてたまらず、この時間がすぎていってしまわないかと心配する気持ちさえ起きませんでした。 「たのしんでる?」 わたしは聞きました。 「たのしんでるさ」 フレドリクソンは口の中でいって、とてもはずかしそうな顔をしました。(p.106) 上記…

島田雅彦『自由人の祈り』

表向き美しい世の中を 本当に美しくするために おまえは歌え。 (「自由人の祈り」より) 本書に収録されている「またあした」という全文ひらがなの詩が私は大好きで、もう二十年以上の長きにわたって私を支えてくれている。 もうほとんど背骨みたいなもので…

トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』山室静訳、翻訳編集:畑中麻紀

「ねえ、スナフキン。ぼくがパパにもママにも話せないひみつを持ったのは、これが初めてなんだ」 ムーミントロールは、真剣な顔でいいました。 それからスナフキンがぼうしを抱えて、ふたりは川ぞいを歩きだしました。(p.60) 前作(『ムーミン谷の彗星』)が…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』下村隆一訳、翻訳編集:畑中麻紀

岩山全体がぐらぐらゆれて、あたり一面がふるえ、彗星が恐怖のさけび声をあげました。それとも、悲鳴をあげたのは地球のほうだったのでしょうか。(p.208) ムーミン小説の第一作目(『小さなトロールと大きな洪水』はとりあえず置いておいて)の『ムーミン谷…

村上春樹『村上朝日堂 はいほー!』

その昔、私が犬と暮らしていたころ。 犬との散歩コースにある電柱に、看板が取り付けられていて、そこには、「お父さんお母さんに 言えないことは悪いこと」という標語が書かれていた。 それを見るたびに私は嫌な気持ちになっていた。ごく控えめに言って、く…

太田静子『斜陽日記』

「でも、今日の夕方は、とても、うつくしい夕焼だったわ。夕焼は、明日いいお天気になるという証拠でしょう? きっと、お天気になりますわ。(後略)」 「相模曾我日記」と題して太田静子さんが付けていた日記帳は、彼女自身の手によって太宰治に渡され、太…

太宰治『斜陽』

上原さんは、ふふ、とお笑いになって、 「でも、もう、おそいなあ。黄昏だ」 「朝ですわ」 弟の直治は、その朝に自殺していた。(『斜陽』p.181) 『斜陽』はこれまで何度も読み返してきた作品だが、その『斜陽』のサンプリング元として知られる太田静子さんの…

沖田瑞穂『世界の神話 躍動する女神たち』

機織りは女神の管轄で、運命を織りなすという意味が隠されています。日本神話では最高女神アマテラスが自ら神の衣を織るとされています。インドの神話では、地下の世界でダートリとヴィダートリという女神たちが、機織りをすることで時間と季節を織りなして…

國分功一郎『スピノザ 読む人の肖像』

非常に大雑把に言えば、近代においてはその過不足が生じるのであり、ホッブズはそれをjusの過剰(自然権)として発見したのである。スピノザもこの発見を継承する。だが、例の如く、その継承の仕方は尋常ではない。(p.250) 上記引用文は、本書の後半に登場す…

燃え殻 二村ヒトシ『深夜、生命線をそっと足す』

思春期をしくじって大人になった人間の多くがそうであるように、私もまた、生真面目な性格をしている。責任感も強い。 と、自分で自分のことを立派な人間のように語ることの厚かましさ、格好悪さ、鼻持ちならなさ、は分かったうえでも言わなきゃやってられな…

『ノディエ幻想短篇集』篠田知和基編訳

ウェブ上にちらばっている怖い話を日々、読み漁っては恐怖にふるえ、眠れない夜を送っている私は本当に馬鹿だとは思うけれど、しかし、面白くてやめられない。 私が特に惹かれるのは、「よくわからない出来事が起きて、よくわからないままに終わる」系の体験…

阿部和重『Ultimate Edition』

「もちろんほんものではないし、わたしはほんものなど見たこともないが、しかしこれがほんものだと言われたらあっさり信じてしまうだろう。それほどのものだ」 (p.12 「Hunters And Collectors」より) 阿部和重さんの小説を読んでいると、私はいつも、ディズ…

パヴェーゼ『美しい夏』河島英昭訳

まるでソファーにすわっているみたいに、アメーリアは鏡によりかかっていた。正面の鏡の中で、彼女はまっすぐにこちらを向いていたが、そこにはジーニア自身の姿も見え、少し背が低かった。ふたりは母と娘のようだった。(p.50) しかしそうは見えたとしても、…

トーベ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』冨原眞弓訳

とにかく、これはわたしがはじめて書いた、ハッピーエンドのお話なのです!(「序文」より) ムーミン小説の第一作目にあたる『小さなトロールと大きな洪水』はきらめきにみちている。ちょっぴり不気味で、だいぶ不思議な物語空間を、ムーミントロールとママ…

ボエル・ヴェスティン『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』畑中麻紀+森下圭子訳

ムーミン小説を読み進めていくうちに、私は次第に、 こんな面白い小説を書くトーベ・ヤンソンとはどんな人なのだろうか、 と思うようになっていた。 各作品、比類なく独創的であり、かつ、毎回ちがった面白さがある。 シリーズを重ねていながら、それぞれの…