Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

2022-01-01から1年間の記事一覧

燃え殻 二村ヒトシ『深夜、生命線をそっと足す』

思春期をしくじって大人になった人間の多くがそうであるように、私もまた、生真面目な性格をしている。責任感も強い。 と、自分で自分のことを立派な人間のように語ることの厚かましさ、格好悪さ、鼻持ちならなさ、は分かったうえでも言わなきゃやってられな…

『ノディエ幻想短篇集』篠田知和基編訳

ウェブ上にちらばっている怖い話を日々、読み漁っては恐怖にふるえ、眠れない夜を送っている私は本当に馬鹿だとは思うけれど、しかし、面白くてやめられない。 私が特に惹かれるのは、「よくわからない出来事が起きて、よくわからないままに終わる」系の体験…

阿部和重『Ultimate Edition』

「もちろんほんものではないし、わたしはほんものなど見たこともないが、しかしこれがほんものだと言われたらあっさり信じてしまうだろう。それほどのものだ」 (p.12 「Hunters And Collectors」より) 阿部和重さんの小説を読んでいると、私はいつも、ディズ…

パヴェーゼ『美しい夏』河島英昭訳

まるでソファーにすわっているみたいに、アメーリアは鏡によりかかっていた。正面の鏡の中で、彼女はまっすぐにこちらを向いていたが、そこにはジーニア自身の姿も見え、少し背が低かった。ふたりは母と娘のようだった。(p.50) しかしそうは見えたとしても、…

トーベ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』冨原眞弓訳

とにかく、これはわたしがはじめて書いた、ハッピーエンドのお話なのです!(「序文」より) ムーミン小説の第一作目にあたる『小さなトロールと大きな洪水』はきらめきにみちている。ちょっぴり不気味で、だいぶ不思議な物語空間を、ムーミントロールとママ…

ボエル・ヴェスティン『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』畑中麻紀+森下圭子訳

ムーミン小説を読み進めていくうちに、私は次第に、 こんな面白い小説を書くトーベ・ヤンソンとはどんな人なのだろうか、 と思うようになっていた。 各作品、比類なく独創的であり、かつ、毎回ちがった面白さがある。 シリーズを重ねていながら、それぞれの…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』鈴木徹郎訳、翻訳編集:畑中麻紀

(大きくなりすぎちゃったんだ) と、ホムサは思いました。 (あんまり大きくなりすぎて、ひとりでうまくやっていくことができないんだ)(p.216) 目次 ■さようなら、ムーミン谷 ■雨音に誘われて ■ムーミナイズされる屈託 ■森を抜けるホムサ ■鏡、そしてガラ…

トーベ・ヤンソン『ムーミンパパ海へいく』小野寺百合子訳

パパは地面を見つめて立ちつくしました。しかめた鼻づらは、しわだらけでした。それからきゅうにからだをのばすと、はればれとした顔になっていいました。 「じゃあ、わしは理解する必要がないぞ! 海ってやつは、すこしたちがわるいよ」(p.280) 理解されな…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』山室静訳

「いけない。ぼくはいったいどうなるんだ? ぼくはニョロニョロじゃない、ムーミンパパなんだ。……なにをこんなところでしているんだ?」(p.224) 昔はもっと色んなことにくよくよしていた気がする。 それは臆病だったからでもあるし、おそらく繊細でもあった…

松浦理英子『ヒカリ文集』

「偽物でも本物でも、上手な笑顔には優しさが宿っているじゃないですか。それで十分ですよ。あるのかないのか証明できなくて伝わりもしない本物の愛より、偽物であっても目に見える笑顔の方が人の役に立つと思います。(後略)」(p.230) ヒカリという名の女…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』山室静訳

悪気なく明るい、そういう人が世の中に一定数は存在している。 暴力的にほがらかで、情け容赦なく親切で、うんざりするほど優しい人たち。 彼らにうしろめたさを抱くようなナイーブな時期もかつての私にはあったが、きっと、ムーミントロールがヘムレンさん…

手塚治虫『火の鳥 別巻 ギリシャ・ローマ編』

この本には「エジプト編」「ギリシャ編」「ローマ編」「漫画少年版 黎明編」の4作品が収録されている。 火の鳥・エピソードゼロ、的な感じで私は楽しんだ。 ラブリーな火の鳥ちゃんの、キュートな物語だった。 ところで、妄想力を解き放ち、木を見て森を見…

手塚治虫『火の鳥11 太陽編 下』

そうだ 今の私はもう人間じゃない 肉体はもう死んだんだ (p.397) 残り数ページのところで、マリモという名の狼が、草原を疾走し、異空間のようなところに飛び込んで、狼化したスグルのもとへ辿り着く場面が見開きで描かれている。 私はそこからページをめく…

手塚治虫『火の鳥10 太陽編 上』

登り切るぞ バベルの塔め おれのロック・クライミングの力を見ろ!!(p.338) 舞台は中大兄皇子とか中臣鎌足が生きていた頃。だから600年代後半くらい。 主人公は狼マスクの男。 Wikipediaによると「古代日本最大の内乱」と呼ばれている「壬申の乱」にいたる…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』下村隆一訳

「あたい、もう、またねむくなっちゃったわ。いつも、ポケットの中が、いちばんよくねむれるの」 「そうかい。たいせつなのは、じぶんのしたいことを、じぶんで知ってるってことだよ」 スナフキンは、そういって、ちびのミイをポケットの中へいれてやりまし…

手塚治虫『火の鳥9 異形編・生命編』

あれは この場所が とざされた世界だからです ここでは…時間(とき)が狂い 逆行もいたします (p.15とp.111) 『異形編』の主人公はとある女性。 彼女は幼少期より父親から虐待を受けていた。 成長した彼女は、「父親の病気を治させない」ために、「父親の病…

手塚治虫『火の鳥8 乱世編 下・羽衣編』

わたしは遠い遠い国から来たといいましたね…… その国は じつをいうと 今から千五百年も未来の国なのですよ (『羽衣編』p.313) 高熱を出した平清盛は回復することなく、早々に没する。 そしてここから、混沌を極める乱世編の「本番」が始まると言っても良い…

手塚治虫『火の鳥7 乱世編 上』

この鳥は山鳥や 雉の仲間なんだわ 異国の鳥で 羽がきれいなだけで…… ただの鳥なんだわ たぶん (p.204) 舞台は1172年。 京都では、絶頂期にある平家一族が、ぶいぶい言わしている。 『平家物語』の世界である。 弁太、という素朴で怪力な木こりの男と、平清盛…

トーベ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』小野寺百合子訳

あのころは、世界はとっても大きくて、小さなものは、いまよりもっとかわいらしく、小さかったのです。わたしはそのほうがよっぽどすきです。わたしのいう意味がわかりますか。(p.117) このように、ムーミンパパはしばしば、読者に語りかける。 ここで想定さ…

手塚治虫『火の鳥6 望郷編』

でも たいていの人は 後悔してると思うわ だれだって地球へ帰りたがってるのよ…… 宇宙の生活 ほんとにつらいもの…… (p.89) これまで、過去、未来、過去、未来と交互に描かれてきたけれど、前作の『火の鳥5 復活編』に続いて本作の舞台も「未来」である。 そ…

手塚治虫『火の鳥5 復活編』

フェニックス きいてくれ ぼくはもうふつうの人間じゃないんだ 人工的につくられた つくりものの生命なんだ!! これが復活なら ぼくはもう ごめんだっ!! (p.161) 舞台は西暦2482年。 前回の未来パートの『宇宙編』が2577年のおはなしだったので、 『復活…

トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』山室静訳

「ねえ、スナフキン。ぼくらがパパにもママにも話せないひみつをもったのは、これがはじめてだねえ」 と、ムーミントロールはしんけんな顔でいいました。 (p.75) 「はじめに」と題された短い文章で、ムーミントロールたちが冬眠に入る日のことが描かれている…

手塚治虫『火の鳥4 鳳凰編』

おれは生きるだけ生きて…… 世の中の人間どもを生き返らせてみたい気もするのです (p.355) 時は奈良時代。 東大寺にどでかい大仏が建立されたころの話である。 茜丸という男前な彫刻師と、 我王という鼻のでかい男、の二人を中心にして物語は描かれる。 『鳳…

手塚治虫『火の鳥3 ヤマト編・宇宙編』

あなたの顔は永久に見にくく…… 子子孫孫まで罪の刻印がきざまれるでしょう (p.318) 『ヤマト編』は『黎明編』の続きの話になっている。 続きといっても、『黎明編』の最後に出てきたタケルという若者が、 かなり年老いて村の長老みたいな感じで登場するくら…

トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』下村隆一訳

「ぼく、スニフをさがしにいかなくちゃ。まにあうように、とけいをかしてね」 「いけない。この人を外へやらないで!」 と、スノークのおじょうさんはさけびましたが、ムーミンママはいいました。 「これは、しなくちゃならないことよ。いそいで、できるだけ…

手塚治虫『火の鳥2 未来編』

「動物はどんどん滅びさっていき…… 人間たちの進歩も ばったりとまりました 地上に目に見えない死のかげがただよいはじめ…」 「わかった だがどうすればなおる? わしになおせないだろうか?」 「あなたにでもむりでしょう 地球をなおせる人間は ひとりしか…

手塚治虫『火の鳥1 黎明編』

「わたしは あとなん年 生きられるだろう 十年……? 五年かしら… それとも 三年………? 死にたくない‥ ……死にたくない死にたくない!! 火の鳥の血がほしい!! 永遠の命がほしい!! ほしい ほしい ほしい」 (p.233 ヒミコの嘆き) どこかのおおきな火山が、大…

永井均『子どものための哲学対話』内田かずひろ 絵

ペネトレ:(前略)なんにも意味のあることをしていなくても、ほかのだれにも認めてもらわなくても、ただ存在しているだけで満ちたりているってことなんだよ。それが上品ってことでもあるんだ。根が暗いっていうのはその逆でね、なにか意味のあることをした…

メーテルリンク『青い鳥』堀口大學訳

チルチル (驚いて)あなたたち、どうして泣いてるの? (他の「喜び」たちを見回して)おや、みんな泣いてるの? どうしてみんな、目にいっぱい涙をためてるの? 光 黙って、ね、いい子だから。 (p.178) クリスマスの夜。 チルチル(兄)とミチル(妹)は眠…

モーリス・ルブラン『続813』堀口大學訳

彼はすすり泣いた、彼はわなないた、深い絶望感におそわれて、咲いたかと思うとその日の中(うち)に凋(しお)れてしまう遅咲きの花のように、彼の心は優しさで一杯だった。 老女が跪いた、そしてわななく声で言った、(後略) (p.346) 『813』の最後で…