Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

村上春樹『羊をめぐる冒険』

「羊のことよ」と彼女は言った。「たくさんの羊と一頭の羊」 「羊?」 「うん」と言って彼女は半分ほど吸った煙草を僕に渡した。僕はそれを一口吸ってから灰皿につっこんで消した。「そして冒険がはじまるの」 (上巻 p.73) 主人公の「僕」は、離婚してから…

村上春樹『1973年のピンボール』

僕はピンボールの列を抜けて階段を上がり、レバー・スイッチを切った。まるで空気が抜けるようにピンボールの電気が消え、完全な沈黙と眠りがあたりを被った。再び倉庫を横切り、階段を上がり、電灯のスイッチを切って扉を後手に閉めるまでの長い時間、僕は…

村上春樹『風の歌を聴け』

「文章を書くたびにね、俺はその夏の午後と木の生い繁った古墳を思い出すんだ。そしてこう思う。蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね。」 語り終えてしまうと鼠は首の後ろに両手を組んで、黙って空を眺めた。(p.1…

『完訳 アンデルセン童話集(二)』大畑末吉訳

部屋の中は、何から何まで、もとのままでした。時計は「カチ! カチ!」いっています。時計の針もまわっています。けれども、ドアを通る時、二人は、いつのまにか、自分たちが、おとなになっていることに気がつきました。屋根の雨どいのバラの花が、あけはな…

村田沙耶香『コンビニ人間』

三人の声が重なる。店長がいるとやっぱり朝礼が締まるな、と思っていると、ぼそりと白羽さんが言った。 「……なんか、宗教みたいっすね」 そうですよ、と反射的に心の中で答える。(p.46) 主人公の古倉さんは18歳の時から18年間、コンビニでバイトしている。 …

梅崎春生『桜島・日の果て』

それは、青いものが一本もない、代赭色の巨大な土塊の堆積であった。赤く焼けた熔岩の、不気味なほど莫大なつみ重なりであった。もはやこれは山というものではなかった。双眼鏡のレンズのせいか、岩肌の陰影がどぎつく浮き、非情の強さで私の眼を圧迫した。…