Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

藤野千夜『中等部超能力戦争』

f:id:kazuki_shoji:20210529005449j:plain


 文章が難しくて意味をとるのに苦労したけれど、冒頭を三度読み返しても同じように感じたからたぶん間違いない。確かに学力は小清水さんより劣っていても、はるかはそういった勘には少し自信がある。

 まずそこに書いてあったのは、たぶんはるかへの悪口だった。

                                 (p.172)

 

主人公の磯島はるかは中学二年生の時に、小清水さんという、昔からなんかおかしな力あるよね彼女、と噂されている人と同じクラスになる。

そんな小清水さんとはるかの、中学三年生から高校三年生までのできごとがこの小説で描かれる。

おかしな力とは、超能力とも呼べないようなささやかな変な現象を起こす力のことで、家の屋根が鳴る、とか、窓がみしみし言う、とか、蛍光灯のグローランプが割れる、といった、はるかに言わせれば「なんか地味」なものである。

小清水さんはその能力のことを一貫して否定している。私にはそんなことできない、と。むしろそれは、はるかがやっていることだ、と。

 

そんな小清水さんとのややこしい日々が描かれる一方で、はるかの恋人・トモキ君とのデレデレした日々も描かれる。

 

はるかとトモキ君がいつも行っているマクドナルドのハンバーガーみたいな物語を読み進めていくうち、私は、なんかそろそろ胸焼けしてきたな、と思い始めた後半部分で披露される、小清水さんが書いた『中等部超能力戦争』という小説の冒頭部分にひどく魂を揺さぶられた。不意打ちにも程がある。

 

小清水さんが書いたこの小説を(軽く)読んで、はるかは、悪口を書かれた、と思う。

たしかに、けっこう辛辣に、はるかの自意識をずたずたにするようなことが書かれている。

そして最終的には、はるか(を模した河童子というキャラクター)は、わたし(たぶん小清水さん自身を投影していると思われる)との超能力戦争に敗れ、全裸の死体となってプールに浮かんでいるらしい…。

どんな小説か私はすごい気になるんだけど、はるか本人は、激怒する。

そしてはるかが怒っていることに、小清水さんは、焦る。

えっ焦るの? って私は思った。はるかはとてつもなく怒っているんだけど、そのリアクションは小清水さん的には心外だったらしい。なんか、もっと、違う反応を期待していたようなのだ。

ここで生じた擦れ違いは修復されないまま、お互いを憎むような感じになり、小説は終わる。この擦れ違い→なんかでもちょっと…→やっぱりもう無理、という流れの描写は、読んでいてつらく悲しいものがる。

特にあの、はるかがみかりんから小清水さんを守ろうとするくだり、その時の目を丸くして驚いている小清水さん、そしてその直後に訪れる決定的な破局、の場面は素晴らしい。名場面中の名場面だと思う。

 

クライマックスでは、終業式のステージ上で、小清水さんが呪詛のことばを叫びまくって三本の火柱を出現させて、はるかを含む23人の生徒と1人の教師を気絶させている。真ん中の火柱は小清水さん自身を飲み込んでいるようにはるかには見えたらしい。

しかし気絶しなかった生徒達には火柱は見えなかったそうだし、はるか以外の気絶した人たちには、燃える小清水さんを見ていないらしい。小清水さんの絶叫に関しては誰にも聞こえなかったそうだ。

 

なぜ火柱は三本だったのだろう、と私は考えた。

この小説の冒頭とラストでは、蛍光灯のグローランプが割れるエピソードが出てくる。

グローランプって分からなかったのでウェブ検索したら、まあマッチみたいな役割をするらしい。これを「火=おおげさにいえば火柱」と考えると、小説の最初と最後に二本の火柱が立っている、ということになる。

となると、小説の真ん中には、もう一本の火柱(小清水さんを包んで燃える)があるはずである。そう思って探してみると、真ん中よりやや後ろよりで、国語の石高先生の愛車が炎上しているんだけど、これは違うだろう。

それよりもほぼ真ん中のページで、はるかと小清水さんは屋上にいて、そこで「高さ三三三メートルの、赤い電波塔のほうを見る。青い空が本当にきれいだった。並んで小清水さんも同じようにしていた」とある。この、東京タワーが、真ん中の火柱なんじゃないかなと思う。

ここで小清水さんは「はるかは味方だよね」と訊く。「うん」とはるかは答えている。

ここも良い場面だと思う。

はるかと小清水さんは、高校を卒業する前にやり直せるんじゃないかなと思う。この屋上で。東京タワーを見ながら。そのためにはるかはまずは小清水さんの小説をちゃんと読まなければならない。自称・文学に詳しい石高先生によれば、その小説は、「屈折した愛情の表現だよ。お互いの存在を認めあって、本当は一緒に生きていきたいのに……仲間なのに、っていう。ある意味、世界で一番長いラブレター」らしいのだから。

 

最後、割れたグローランプを片付けながらはるかが考えたことを読みながら、私は、小清水さんと仲直りして欲しい、と目を潤ませながら思った。