ドストエフスキー『悪霊』江川卓訳
それからどうなったかは、はっきりとは覚えていない。突然、人々がリーザをかつぎあげたことだけを覚えている。私は彼女の後から駆けだした。彼女はまだ息があったし、ことによると、意識も残っていたかもしれない。
(下巻 p.380-381)
ロシアのとある町で起きた、奇怪でむごたらしい一連の事件の記録。
しかし物語は、ステパン氏というある意味とてもユニークなおじさんの記述から始まる。ここが巨大な渦巻きの外縁の始点であり、ここからとてつもなく大きく遠回りをしながらゆっくりと、しかし徐々に加速しながら中心部に向かって物語は進んでいく。
渦巻きの中心には穴が空いており、その穴は「祭り」によって塞がれている。
そしてその蓋がこじ開けられたが最後、私たちは大きく口をあけた奈落に真っ逆さまに落とされる。物語は破滅へまっしぐらである。
その瞬間、町では放火によるいくつもの火事が起こり、重要人物の一家が惨殺される。
これ以降、結末に向けて色んな人たちが殺され、または死んでいく。
悲しい。私はリーザとシャートフについてが特に悲しかった。
「二人しかいなかったところへ、ふいに第三の人間が、新しい魂が生れる。人間の手ではけっしてできないような、完璧に完成された魂がです。新しい思想と新しい愛、恐ろしいみたいだ……世界にこれ以上すばらしいものはない!」
「まあ、くだらない。有機体(オルガニズム)の生成発展というだけで、神秘なんて何もありゃしないじゃないの」アリーナは心から愉快そうに笑った。
(下巻 p.483)
シャートフのこの幸福の絶頂のような浮かれっぷりが愛おしい。彼には助かって欲しかった。そして、母と子は助かるものだと思っていた。悲しい。ピョートルが憎い。小ずるい彼がのうのうと生き延びているっていうのがまた…。