村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』
「あんたをその何かにうまく結びつけるためにできるだけのことはやってみよう」と羊男は言った。「うまく行くかどうかはわからない。おいらも少し歳を取った。もう以前ほどの力はないかもしれない。どれだけあんたを助けてあげられるものか、おいらにもよくわからない。まあできる限りのことはやってみるよ。でもね、もしそれが上手く行ったとしても、あんたは幸せにはなれないかもしれないよ」(上巻 p.149)
羊男の言う、あんた、とは主人公の「僕」のことである。
「僕」のために、羊男は「いろんなものを繋げる」のだという。配電盤みたいに。
「それがおいらの役目だよ。配電盤。繋げるんだ。あんたが求め、手に入れたものを、おいらが繋げるんだ」そうだ。
そして「僕」に、踊り続けろと言う。
「踊るんだよ」羊男は言った。「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言ってることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなことを考えたら足が止まる」
この羊男のセリフ、かっこいいですよね。
で、こう続く。
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」
ここでの「踊る」というのは、もちろん実際に体を動かして踊ることを指しているのではないと思う。
いろいろうまくやる、とかそういう意味だと思う。
ダンスの場面は一度だけ(たしか)出てくる。ハワイのホテルのプールサイドで、老夫婦たちが踊っている場面である。
「僕」はそれを眺め、ああなんかいいなーみたいな気持ちになっている。
安直かもしれないけどここで私が思ったのは、こういう穏やかで満ち足りた老後を迎えたいなーと「僕」は考えたりしたのではないか、ということである。
こういう、静かにステップを踏む感じ。憧れますよね。
でも今の「僕」は、そうも言ってられないのだった。
なぜなら「僕」はすでによくわからない荒波というか暴風雨というか、ややこしい因果のうねりみたいなのに巻き込まれている。
そして立っているのさえやっとのようなその状況で、「とびっきり上手く」「みんなが感心するくらいに」踊り続けなければならないのだ。ひどい話である。
それでも「僕」は、羊男から言われた通り、頑張って踊ろうとする。いろいろうまくやろうとする。
すると折に触れて「繋がっている」と感じる瞬間が訪れる。それは奇妙な符合があったり、現実ではありえないような変な体験があったり…。
おそらくそれは羊男が繋げているのだろう。だって自分で言ってたから、おいらが繋げる、って。
「僕」が頑張っているから羊男も頑張っているのかもしれないけど、問題なのは、その繋げ方がわりとめちゃくちゃなことである。
なんというか、ばらばらに編集された映画みたいな。
シーン間の繋がりどころか、カットごとの繋がりさえ危うい感じ。手の位置違ってない? てか衣装も違ってない? 音声オフになってない? いや今の空白はなに? 別の映画の素材が入ってなかった? そんな感じなのである。
でも監督(羊男)は必死に編集して繋ごうとしているのだから笑ってはいけない。
というか笑えない。
「僕」をはじめとする登場人物たちはそのせいで散々な目に遭う。
「繋がっている」と「僕」が感じるほど、つまり羊男が頑張って繋ごうとすればするほど、世界はぐじゃぐじゃになっていく。どんどん人が死んでいく。頑張れ、羊男!
ところで最後のユミヨシさんは、本当にユミヨシさんなのだろうか。
直前に、夢(?)の中で壁に吸い込まれていたはずなのに、そして現実では裸で寝ていたはずなのに、「僕」が夢から目覚めると、服を着て起きていたユミヨシさんはけっこう怪しい。
で、そのまたちょっと前に「僕」は「キキの夢」を見ている。
夢の中で「僕」はキキに、耳を見せて、とお願いするが、断られている。
「いつかまた見せてあげる。あなたが本当にそれを必要としている時にね」と夢の中でキキは言う。
物語の最後の最後に、「僕」は寝ているユミヨシさんの「髪を上げて耳を出し、そこにそっと唇をあて」ている。夏の朝の光の中で。
なぜ物語はここで、ユミヨシさんの耳を必要としたのだろうか。
そう考えると、ユミヨシさんは本当にユミヨシさんなのだろうか、とも思うと同時に、きっと羊男が、最後まで踊り切った「僕」のために、命がけで「繋いだ」んだなとも思える。
こういうエンディングを迎えられて良かったと思う。
羊男も、いいやつだと思う。
でもメイを殺したのは羊男だと私は思う。
殺すつもりはなかったんだよ、とか言いそう。そして、
「(上手く繋げるためには)彼女と話し合う必要があった」
「でもまさか変なことしなかったわよね?」
「それがそう単純でもないんだ」
みたいなやり取りがあってもおかしくないような気がする。