Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

町田康『くるぶし』

 粗野な私だけれども短歌に触れる機会が年に一度だけある。初詣の時に引く紙のおみくじに書かれている。あの、金色のちっちゃい縁起物フィギュアが封入されているやつ。基本的に毎年大凶で、運が良ければ凶を引けるという強運の持ち主の私がおみくじで目にする短歌は、だから、慰め気味のものばかりである。

「運勢・大凶 今はね、つらいと思う。苦しいと思うけど、厳しい冬もやがて雪が解けて春になるように、きっと、いいことがあるから、頑張って生きろ」

 そんな解説を毎年、読まされている。「雪解け」というフレーズは必ず使用されている気がする。

 そういう、年一回おみくじでしか短歌に触れないものだから、この歌集を読んでいても、つい、おみくじを連想してしまう。おみくじを引いて、封を開くとそこには、

 

「その色のズボン穿いたら君は死ぬ散髪四度すれば助かる(p.36)」

 

 と書いてあるイメージ。空想のおみくじ。解説も私の空想だが、

「運勢・大凶 あなたがその色のズボンを穿いてしまったことは本当に悲しいことで、そのせいであなたは死ぬことになってしまいましたが、しかし、四回、散髪屋に行けば雪解けは必ず訪れますので、死にたくなければ髪を切れ」

 こんなことが書かれてあるイメージ。くるぶしおみくじ。面白くてしょうがない。



「俺たちの自主製作の観覧車二十五周で横に斃れる(p.147)」

 

 これにはこんなことが書かれてありそう。

「運勢・大凶 友人らと力を合わせてなにかを作り上げるというのは素晴らしいことです。なかでも、誰から頼まれるでもなく自分たちでお金を出し合って作る自主製作というものは実に尊いものと言えます。ありあまる時間となけなしのお金とあふれだす労力を注ぎ込んで完成させた観覧車は、まあ、やがて派手にぶっ倒れますが、雪解けはやがて来るんで。めげずにガンバ」

 

 くるぶしおみくじ、面白いなあ。この本の日めくりカレンダーとか自主製作して個人で楽しもうかなあ、とか思いながら、夢中で読んだ。おそろしいのはここからである。

 読み終えて、本を閉じて顔をあげると、世界が「くるぶし化」しているのだ。どういうことか。世の中には、標語があふれているじゃないですか。生活していると、色んなところで標語を目にしますよね。で、そういう標語って、五七五で作られていることが非常に多い。

 おそろしいのは、その標語が、「くるぶし化」してしまうのである。たとえば、さっき街角で見かけた交通安全の標語、

「まだ行けるその考えが事故のもと」に、「頭巾かぶつて生きる山岡(p.23)」がくっついてくる。そういう風に標語が見えてしまう。この本を読むことで、現実がくるぶし的に拡張される。

 ウェブ検索で見つけた、昨年度の税の標語で入選していた作品も、くるぶし化しますよ。

「税負担 公平促す インボイス「我泣き濡れて渋谷滅ぼす(p.102)」

 日本くるぶし化。なぜこんなことが起こるのかと考えたんだけれども、それはきっと、言葉の力なんだろうなと思う。密度が高くて、でもしなやかで、どこまでも自由な言葉で歌われた歌。その力をもってすれば、標語なんて簡単にくるぶし化してしまうし、標語に限らず、私自身も、徹底的にくるぶし化して永遠に最高。