トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』山室静訳
「ねえ、スナフキン。ぼくらがパパにもママにも話せないひみつをもったのは、これがはじめてだねえ」
(p.75)
「はじめに」と題された短い文章で、ムーミントロールたちが冬眠に入る日のことが描かれている。
ムーミンたちって冬眠するんだ! と私は驚いた。
たしかに言われてみると、なんだか冬眠しそうな生き物っぽさがある。
彼らは長い眠りにつく。
そして春が来て、物語が始まる。
ムーミントロールとスナフキンとスニフは、山のてっぺんで黒いシルクハットを見つける。
この帽子が魔法の帽子で、この帽子のせいでムーミントロールたちは様々な騒動に見舞われる。
船に乗ってニョロニョロの島に行って、そこでもまた大変な目に遭ったり。
モランという、ちょっとこのほんわかな世界にはそぐわない、シリアスな怪物(?)が登場したり、
飛行おに、といういかした名前のコワモテ紳士が粋なはからいをしたり…。
いやあ、面白いなあ。僕はこの本が好きだなー。
などとひとりごち、愉快な気持ちで読んでいたのだけど、スナフキンとムーミントロールの別れのくだりで心がぐさぐさになった。
スナフキンは、平気な感じで「旅に出る」と言う。
ムーミントロールは、「じゃあ、ごきげんよう」とクールに振る舞い、スナフキンを見送る。
スナフキンの姿が見えなくなったころ、彼の吹くハーモニカの音色がムーミントロールの耳に届く。
楽しげなその音色は、スナフキンがうきうきしながら旅に出ていることを表しているように聞こえる。
ムーミントロールは家に帰る。ベランダにいるトフスランとビフスランに会う。
二人はムーミントロールに話しかける。「泣いてるの?」(意訳)と。
「ないてなんか、いるもんか。ただ、スナフキンがいっちまっただけなんだい」(p.227)
飾りたてのない、端的な言葉で、別れに際しての機微が丁寧に表されている気がして、その繊細さに私は感動しました。
ムーミントロールのこの気持ち、いにしえの昔に俺も味わったことがある、とも私は思った。
こっちはけっこう悲しんでるけど、相手はむしろその先のことが楽しみでしょうがないみたいな、その時の何とも言えないもやもやした切なさのような。
もちろん、ムーミントロールが悲嘆に暮れたまま物語が終わるわけではない。
家族や友人たち、そしてあの飛行おにの助けもあって、とっても素敵なエンディングを迎えます。
なぜこの物語が冬眠の場面から始まるのか。
それは冬眠明けの第一章の挿絵に描かれているような場面(笑顔のムーミントロールとスナフキンが、橋の欄干に腰掛けている)=待ち望んだ春が、またやって来るんだよ、と示しているのかなと思いました。