Pithecanthropus Erectus

読んだ本などの感想を書いてます。

村上春樹『村上朝日堂 はいほー!』

 その昔、私が犬と暮らしていたころ。

 犬との散歩コースにある電柱に、看板が取り付けられていて、そこには、「お父さんお母さんに 言えないことは悪いこと」という標語が書かれていた。

 それを見るたびに私は嫌な気持ちになっていた。ごく控えめに言って、くそむかつく、と思っていたわけだけれども、それがどういう風にむかつくのかをうまく言い表せずもやもやを抱えたまま、毎日、夕方になると犬と一緒にその看板の前を通り過ぎては、くさくさしていた。

 本当に精神衛生によくない看板だった。

 いびつな規範・ゆがんだ道徳を不気味な笑顔で押し付けてくる、この嫌な感じをなんと説明したら良いのだろう。なんてことを考えながら、気づいたら、四十歳になっていた。

 

 ところで、私も妻も山羊座のA型であり、あまりにも不憫な山羊座A型の憤りを代弁してくれていることで話題の「わり食う山羊座」(村上春樹さんも山羊座のA型だそうだ)というエッセーが読みたくて、それが収録されている『村上朝日堂 はいほー!』を読んだ。どのエッセーも面白かった。なんだか毎回、笑わされていたような気がする。

 それで、あはは、と笑いつつ、寝るのも忘れて読み進めていると、「狭い日本・明るい家庭」と題された文章と出会った。

 感激した。

 この文章が、私の長年のもやもやを吹き飛ばしてくれたからである。どういうことかというと。

 

「狭い日本・明るい家庭」というエッセーは、村上春樹さんが町で見かけた「親と子が何でも話せる楽しい家庭」という標語が書かれた看板についての違和感を語るところから始まる。

 おや、と私は身構えた。「お父さんお母さんに 言えないことは悪いこと」と似た標語だからである。ふたつが言わんとすることはほぼ同じと見てよいだろう。

 村上春樹さんはこの不気味な標語をどうしようというのか、どきどきして先を読むと…なんかもう、ばっさばっさと斬りまくるわけです。容赦ない。これが実に痛快で、私が抱え込んでいた怨念は、笑いとともに成仏した。

 エッセーでは、この標語のみにとどまらず、次々と他の有名標語が登場しては、斬り倒されてゆく。面白すぎて声をだして笑ってしまった。楽しい本でした。